掌編 カテゴリマスター
恋愛で悩みがある時、私はYahoo!知恵袋で質問することにしている。みちるを相談相手にしていたけれど、「もー、結局どうしたいの」と煙たがられることが増えたからだ。それが分からないから相談しているのに。ただ自分が粘着質で諦めが悪いのは良く分かっている。友情と相談の棲み分けをしたのだ。SNSで吐き出していた時もあったが、事情を知らない一見さんに暴言を吐かれてからそれも私の中で危険な方法になってしまった。
もちろん知恵袋だって酷い回答を寄越す人はいる。けれど、なぜだかそのことはそんなものだと許容できた。SNSよりアカウントに人格っぽさがないからかもしれない。私も、相手も。
自分の質問をしてしまってから、他に似たような質問がないか検索してみる。他の人は質問をする前に、似た質問がないか検索するのかもしれない。Excel関数をどう使うのかとか、この虫はどんな虫で、どう駆除すればいいのかといった質問は多分そうだ。しかしこと恋愛というカテゴリにおいてはそうではないらしい。たとえば「脈あり」と入れて検索すると出ること出ること。恋愛が始まったばかりの脈のありなしから、何回か二人で遊びに行っているが、向こうには進展させる気持ちがあるのかまで。そのほかにも「復縁」「未読無視」「結婚」「マッチングアプリ」。復縁できるかどうかは、実は状況によってパターン化されているのだろうけれど、知らない誰かの復縁相談ではこうだったけれど、それはあくまでこの人の場合であって、私と彼(俺と彼女)の場合は違うのでは、と思っている人が沢山相談している。
まだ回答受付中の質問を読んでみる。一文だけのそっけない回答しかついていない質問、まだ回答のついていない質問には自分も回答してみたくなる。「私も同じことで苦しんだことがあります、辛いですよね。私の場合は―」「質問読みました。残念ながら、その状況だと―」「彼はもう、お金を貸していたことはどうでもいいのかもしれません。なぜなら―」
数秒ごとに投稿される質問に、回答の散弾銃を撃つ。中にはその回答に、質問者から返答が寄せられることがある。それにも丁寧に返信する。そこで会話のラリーが続くこともある。数日後、私の回答がベストアンサーに選ばれる。途中で出てきた、庭木に関する質問、資格試験に関する質問にも的確に回答してしまい、そこでもベストアンサーをもらった。
自分の恋愛では正解をもらえないのに、したり顔で回答を投げ、ベストアンサーをもらっていた。ベストアンサーをくれた人は、私のアドバイスを実践したんだろうか。実践してうまく行ったからベストアンサーをくれたのではなく、「こう行ってみる」と決めたからベストアンサーをくれているのだろう。だからこの質問は現在進行形で、私の示した対応策が失敗することは大いにありそうだった。ベストアンサーをくれた人の次の動きが気になったけれど、Yahoo!知恵袋は他者の過去質問が見られないように仕組みが変わっていて、この人がこの恋で別の質問をしているか、私のアドバイスが奏功したかは分からなかった。
紺屋の白袴、医者の不養生を体現するかのように、偽りのベストアンサーは積み上がっていく。大谷選手は24時間野球のことを考え、体を鍛えて練習し、野球を極めてあのような選手になった。私はなんだろう。質問に回答を重ねても、それで自分の恋愛のスキルが上がったわけではない。自分の回答のように、自分が行動できてもいない。
ついに私は恋愛のカテゴリマスターになった。でも私の質問ではベストアンサーを選べない。それにスマートフォンはだんまりを決め込んだままだった。
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