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お戒壇巡り

義父の傘寿のお祝いで南信州を訪れた。
梅雨の最中だが好天に恵まれた。

宿は下伊那郡阿智村の昼神温泉郷のホテルを予約していたが

義両親と義妹家族との集合は
宿から車で30分ほど離れた元善光寺だ。

義両親と義妹家族は私たちより先に到着していた。
大人たちは木陰のベンチで涼み、3人の子どもたちは遊具で遊んでいたようだ。

軽く挨拶を済ませ、まずは本殿にお詣りをした後、お戒壇巡りへ。

お戒壇巡りとは仏様の胎内巡りとも言われている。

暗闇の中を手すりをたどって進み、御本尊様の真下に位置する開運の錠前(仏具の独鈷の形)に触れることで御本尊様とより深い御縁を結んでいただく、またお戒壇を巡ることで、生まれ変わるという意味合いがある
(元善光寺WEBサイトより)

とのことだ。

昨年長野市の善光寺を訪れた際にも
お戒壇巡りをしたことがあったので
軽い気持ちで一行についていった。

小学生男子3人を先頭に
中学一年生の長女と小学生女子3人、
その後ろに3歳四女と主人、
最後が次男を抱いた私
という順番だ。

入り口の階段を降りた先は
自分の身体さえ見えない暗闇が広がっていた。

前の人との距離も
頭上にどれだけの空間があるのかも
目を開けているか閉じているかさえも全くわからなかった。

絶えず子どもたちの声が響いていたが
果たしてそれがどこから聞こえているのかも検討がつかない。

手すりだけが唯一の道しるべだった。

先に進むほど胸に不安が押し寄せてきた。

3歳四女が泣き始めたので主人が抱っこしているようだ。

不安の雲は段々と大きく膨らんで、私を飲み込んでしまいそうだ。

どこまで続くのだろう。
私はここから出られるのだろうか。

ここにいる間に災害があったらどうしよう。

助けて!

早く出たい!

先を急ぎたくても
前に8人の子どもと主人がつかえていて急ぐこともできない。

入り口に
「絶対に引き返さないでください」
と注意書きがあった。

引き返すこともできない。

以前、第二次世界大戦中の沖縄の地上戦を描いた絵本を読んだことがある。

多くの人が逃げ込んだ洞窟は、真っ暗な上にその中に死骸があったり泣き叫ぶ子どもがいたりと悍ましい状況だったと書かれていた覚えがある。

そんなことまで頭に浮かび始めた。

真っ暗というだけで、こんなに不安と恐怖が自分を覆い尽くしてしまうとは。

でも、

ここはお戒壇巡りだ。
多くの人が安全に巡り終えている。
前に進み続ければ必ず出られるのだから全く心配はいらない。

そうだ、どんな不安や恐怖の状況であっても、希望を失わず淡々と行動し続ければ必ず転機が訪れるはず、というメッセージをいただいたのだな。

などと考えて、なんとか冷静さを取り戻すよう努めた。

そうしているうちに、この経験が「胎内巡り」とも呼ばれていることを思い出した。

お母さんのお腹から出てきた赤ん坊たちは
このお戒壇巡りよりも

遥かに狭いところから、苦しみをも伴って進んできたのだ。

そう考えたらこの世に生まれてきた誰もが勇敢な心の持ち主に違いない。

もちろん私自身もその一人である。

苦境に立った時こそ自分が勇者であったことに気づくチャンスかもしれない。

手すりが終わって子どもたちが喜ぶ声が聞こえた。

足元が少しずつ明るくなってきたが
一歩ずつ慎重に踏めしめてーー

ついに明るみに出た。

次男を抱いていた腕に思わず力が込もり
胸から込み上げるものがあった。

何とも言えない安堵感が
お産直後を髣髴(ほうふつ)させた。

涼しい風が吹いて木の葉がサヤサヤと鳴った。

私の先を進んでいた8人の勇者たちは
既に遊具に向かって駆け出していた。


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