野鳥しりとりを極める
皆様は「野鳥しりとり」をご存知でしょうか。
それは読んで字の如く、競技者二人が野鳥の名前でしりとりをする遊戯です。留年した鳥学生や雨の日のアセスメント屋さんが、退屈しのぎに自らの知識とウンチクと屈折したプライドとを無意味に闘わせ合ったのが起源とも言われています。
しかし、ひとくちに「野鳥」と言っても地球上に約一万種も存在し、亜種名や地方名もあり、標準和名ですら図鑑や目録によって異なるものがあることから、なかなか公平な判定が難しいものです。
ここでは、鳥の名前は日本野鳥の会「フィールドガイド日本の野鳥(1989年発行版)」に収録されている555種の標準和名のみに限り、試合中は一切の文献やメモも見ずに、記憶力だけをもとに行われる競技について解説します。
大雨や酷暑日が続くこの夏、涼しい屋内でお勉強がてらに野鳥しりとりをたしなんでみるのもいいかもしれません。
<1. 野鳥しりとりのルール>
・一回言った鳥の種名を言うと負け。
重複を許すとウトウやウミウで無限にループしてしまいます。ちなみに回文になっている種名は全3種で、あと1種はキタタキです。
回文になっていなくても、イワミセキレイやイイジマムシクイ、カシラダカのようにループする種名もありますので注意しましょう。
・「ん」で終わる鳥を言うと負け。
終末の使者 オオバン
「ん」で終わる鳥は多くありません。しかし、そのことが逆に油断の元となるのです。
まずガンの仲間は全て駄目です。マガン、サカツラガン、コクガン、ハクガン、ミカドガン、シジュウカラガン、ハイイロガン、インドガンの8種です。
ちなみにカナダガンは本書では亜種名になるのでアウトですが、正しくシジュウカラガンと言い直したところで所詮はアウトになります。
雁がダメならノガン、ヒメノガンもダメ。いずれも普通にバードウォッチングをしている分には一生見ることがない野鳥です。
ヤマショウビン、アカショウビン、ミヤコショウビン、ナンヨウショウビンもアウト。
ダイゼン、トウネン、オジロトウネン。バン、オオバン。コジュリン、オオジュリン。意外なところでペリカン類も2種います。
うっかり言ってしまわないよう、普段から毛嫌いしておくべき鳥名です。
・答えに詰まると負け。(10秒が目安)
※ちなみに公式ルールでは「濁音や半濁音は清音に変えても可。逆も可」としています。例としてミサゴ→コサギ→キジ→シメの流れはOKですし、シマアジやシベリアアオジもループ種名になります。
<2. 野鳥しりとりの戦術>
ループの帝王 キビタキ
A、語尾に多い仮名
容易に予想されることですが、「~シギ」や「~サギ」など同じ語尾の鳥が多くいます。大きな分類群ほど語尾が統一されているので、連続して同じ分類群を言われるとだんだん返すのが難しくなってきます。
この「どちらが先に連続攻撃に移るか」の主導権争いが「野鳥しりとり」の醍醐味の一つになっています。
戦術として多用されるのが、「相手の言った語尾と同じ語尾で返す」、つまり先述したループ種名を使った返し技です。
時にはキビタキ→キタタキ→キアシシギ→キクイタダキ→キョウジョシギ、と互いに一歩も引かない激しい差し手争いに発展し、周囲を唸らせる(もしくは呆れさせる)こともあります。
B.「返し」がない「攻め」(キラーワード)
必殺のメジロ
殺し屋一属 キンクロハジロ
種名の頭文字は50音すべてがそろっている訳ではありません。巻末の索引を見ると、「ヌ」と「ネ」と「ロ」で始まる鳥はいません。(※ネッタイチョウは分類群名)
つまり、「ヌ」と「ネ」と「ロ」で終わる鳥を先に言った側が必ず勝ちます。このことに気付くと「野鳥しりとり」の戦略性がぐっと高まります。
ただし「ヌ」では始まる種名も終わる種名もいないので、「ネ」と「ロ」で終わる鳥の名前が一撃必殺の「キラーワード」となります。
索引で勉強するのが早道
「ネ」で終わるキラーワードはカリガネのみ。
「ロ」で終わるキラーワードは非常に多く、メジロ、メグロ、ホオジロ類(ホオジロ、シラガホオジロ、キマユホオジロ、ミヤマホオジロ、シロハラホオジロ)、キンクロ・ハジロ類(アカハシハジロ、ホシハジロ、オオホシハジロ、アカハジロ、ヒメハジロ、クビワキンクロ、キンクロハジロ、ビロードキンクロ、アラナミキンクロ)、そしてムナグロ、マミジロです。これらキラーワードを相手に言わせないように心掛けなければなりません。
たとえば「○○カモメ」「○○ツバメ」などと自分で言うのは恐ろしいオウンゴールです。「メジロ」と返されてジ・エンドです。同様に「○○タカ」「○○イスカ」などを言うと、ベテラン相手だと確実に次手でカリガネをぶっ込まれます。
キラーワードやそこに続く種名の流れを念頭に置きつつ、先の先の先まで読んで答えを探さなければなりません。
C.「返し」が少ない「攻め」
幻惑のトラップ シジュウカラ
出口のない落とし穴 ライチョウ
「○○ツル」攻めの返しは「ルリカケス」「ルリビタキ」「ルリガラ」の3種のみで、「ルリガラ」と言うと自分の勝ち(後述)。他の2種は即詰みにはなりませんが、常に既出か否かを把握しつつ試合を進める必要があります。
「○○カモ」攻めの返しはさらに厳しく、モリツバメ、モズの2種だけです。(「モモイロペリカン」は自爆)「モリツバメ」で返しても即「メジロ」で返されると負け。「モズ」で返すほかありませんが、そこに「スズガモ」と続けられると退路を断たれます。
さらに興味深いのが「○○カラ」攻めです。シジュウカラ、ヒガラ、コガラ、ヤマガラ、ハシブトガラ、ルリガラのほか、シロハラ、アカハラなどとにかく「ラ」で終わる鳥を言うと、言った側が勝ちます。
なぜなら、本書で「ラ」で始まる鳥は「ライチョウ」ただ一種だからです。
では自分が「カラ」で攻め、相手に「ライチョウ」で返されたらどうするか。「ウズラ」この一手で詰みです。もう「ラ」の鳥はいませんから、先に「カラ」攻めを仕掛けた側の勝利が確定します。
この際、「そもそもウズラは野鳥なのか」といった不毛な議論が始まることがありますが、あくまでルールはルール、「フィールドガイド日本の野鳥」に掲載されている種は野鳥、ということを確認すべきでしょう。
<おわりに>
これだけ研究が進んだ「野鳥しりとり」ですが、ルールブックたる「フィールドガイド日本の野鳥」は2007年に大幅な増補改訂が行われ、掲載種数や種名が一部変わっています。
今日ご紹介した戦術では、対応できない局面も起こりうる情勢です。
「野鳥しりとり」は、鳥学の進歩に合わせ、進化を続けているのです。
新人バーダーの皆様は、ぜひ新版での戦術を研究して、常勝不敗の野鳥しりとり師を目指してください。
(注:誰にも尊敬されません)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?