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動物園のイベント告知ラジオが難しすぎる件について

動物園の広報担当、というと、いろんな仕事があります。
まず、園内での聞き取り取材や撮影、ネタ集め。
ホームページやSNSでの情報発信、イベント告知。
広報誌やチラシの作成。
新聞・雑誌などの広告の契約や入稿、支払業務。
動物の移動・出産・死亡や、イベントについてのプレスリリース原稿の作成・起案と問い合わせ対応、取材対応。

などが9割くらいでしょうか。

それ以外の仕事として、ラジオの広報番組への出演というのが週1回あります。

富山ローカルラジオですが、おそらく富山では一番聞かれているラジオです

これが、業務比率としてはそれほど大きくはないのですが、仕事の内容が異質なので、とても気苦労が多いのです。
週一回、12~15分程度の番組なのに、とても重く感じます。

まず、ラジオです。そして生放送です。普通に緊張します。

放送はパーソナリティーである放送局の女性アナウンサーの方との会話形式です。人としゃべるのは緊張します。

女性アナウンサーさんがキラキラすぎて直視不能

この番組は月~金までの帯番組で、12:40~16:00という恐ろしく長い時間、生放送でリスナーさんのメッセージやリクエストにこたえながら進行します。

そのなかのたった15分程度のコーナーなのに、これが難しいのです。毎回手ごたえも何が正解なのかもわからずに悶々と繰り返していました。

しかし、そんな放送も数か月繰り返すことで、ある日攻略法を見つけました。

この前室で出番前に原稿の最終チェックをします。左に見えるガラスの向こうがスタジオです

アナウンサーさんの名前を仮に山上さんとします。

リスナーさんは、みんな山上さんの明るい笑い声、楽しいリアクション、軽快なトークに共感し、素敵だと思いつつ親近感を持ってラジオを聞いています。
みんな「ラジオ」を聞きたいのではなく、「山上さんのラジオ」を聞きたくて聞いているのです。

そこで普通に動物の話をしても、聞いている方の需要にフィットしません。

つまり、このラジオのいちコーナーで動物や動物園の面白さを伝えようと思うならば、それは山上さんの明るいリアクションや楽しい笑い声を介してしか伝わらないのです。

だから、正解は「山上さん一人に楽しんでもらうトークをする」。リスナーさんは意識しない。自分が噛もうが滑ろうがリスナーさんはそもそも気にしていない。とにかく山上さんひとりと喋っている感じで、ラジオもマイクも忘れて緊張せずに楽しませに行く!これです。

あとは山上さんが何とかしてくれるはずです。

前任の男性ベテランアナウンサーの下野さん(仮名)にも相談したところ、「それでいいと思いますよ。山上は超優秀な後輩ですから、安心してぶつかってください」と言われました。富山の夕方の顔からお墨付きをいただきました。

第3スタジオ(ラジオのスタジオ)に入る前にはもう緊張です。

で、完全に山上さんの人となりや興味に振り切った原稿を作って日曜日くらいに送り、水曜日の当日までに細かい補足情報や笑えるポイントを書き足して水曜の当日に挑むとわりとよくハマったので、これだ!正解を見つけた!と思ったのですが、ごくごく稀に都合により山上さんのピンチヒッターで違うアナウンサーさんが担当されることがあるのです。

年上の、きちんとしたオーラを放つ、管理職アナウンサーさんです。

攻略法は崩れ去ります。

これが私の能力では対応不能なのです。急に原稿を差し換える瞬発力もありません。

ふざけることを封じられると、引き出しの中にはもう何も残っていません。
ただただ予定通りにぶつかって、冷静に返される、という謎キャッチボールでコーナーが終了します。

エチューはKNBアプリのポイントガチャでハズレの時に出てくるので嫌い

その点、私の前の時間にトークコーナーを持っている、歌手でチーズ作りの達人でもあるMomomiさん(仮名)は、さすが表舞台の人だけあってきちんと合わせておられます。

山上さんの回には交通安全標語ダジャレなぞなぞみたいなことを時間いっぱいやっているのに、管理職アナウンサーさんになると突然デンマークの教育制度について話しはじめたりするのです。対応力がプロです。

放送を終え、若干凹みながら会社へ戻る車の中で考えました。

私はどうも管理職アナウンサーさんが苦手な訳ではなく、「きちんとした人」に対するコンプレックスが根っこにあるのだと気が付いたのです。これは動物園あるある・飼育員あるあるかもしれません。

流れも清い常願寺

私は常願寺川のそばで育ったので、小学生の頃は友達とみんなで自転車で河原に行って、昆虫やカニや魚を捕まえたり、アキグミの実を食べたり、変な石を探して競い合ったりしてよく遊びました。

少年の日の思い出

そんな旧友が、久しぶりに同窓会で会ってみると、きちんとネクタイを締めてスーツを着て、大きな会社の部長さんやら所長さんやらになったり、自分の会社を立ち上げたり、家業を継いで事業を大きくしたりして、きちんと働いているのです。

そのような姿に囲まれていると、まるで自分だけがまだあの河原でひとり遊び続けているような、そんな取り残された悲しみが押し寄せてきて胸がギューンとなるのです。

みんなはきちんと楽しい時間を卒業してそれぞれ社会人として生きているのに、自分はまだ野っぱらで生き物や変なものを見つけて喜んでいる、という情けない現実を突きつけられたようで、いやいや、そんなことはない、こういう大人もいていいはずだ、と思いながらも、きちんとスーツネクタイでいわゆる社会人をやっている方に対してはどうしても卑屈に身構えてしまいます。

そんなわけで、放送局でも「ちゃんとした大人」に会うとコンプレックスが発動して、上手く立ち回れなくなっている、ような気がするのです。(山上さんが「ちゃんとしてない」という意味ではありません)

これからは、山上アナをターゲットに振り切りつつも、保険としてきちんとしたおふざけなしバージョンの原稿も用意して臨みたいと思います。

時間余っちゃうけど。

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