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LIFE- REMIXER 第1回: ささやかな日常の感情についてを見つめるビデオゲーム

『LIFE- REMIXER』は小川公貴氏のテキストサイト『Bad cats weekly』にて連載していたものの再録・加筆修正を施したものです。無料で最後まで読めますが、テキストを購入いただけると追記をお読みいただけます。


現実は映画や小説みたいに重大な事件だとかイベントだとかに満ちているわけではない。生きているそのほとんどの時間はささいな行動の数々だ。朝決まった時間に起きる。朝食を作る。皿を洗う。服を着替える。歯を磨く。生活のおおよそは特別なこともない行動で埋められている。そこにドラマチックな物事はほとんどない。

記憶に残る劇的な出来事とは、記憶から消える膨大な日常の削り節で構成されているように思える。ドラマチックな2時間程度で終わる映画や数百ページで終わる小説もその裏で何万時間にも何万ページにもなるだろう語られない(語られる意味を持たない)日常がある。『マッドマックス 怒りのデスロード』でもきっとウォーボーイズの多くは自爆攻撃というドラマチックな瞬間以外は自炊していたり植物園で働いていたりしているんだろうな、と思う。

ビデオゲームでは長らく、そんな生活の中で生まれる感情にフォーカスされることは少なかった。勇者が剣を置き宿屋から出るとき、海兵隊が銃と軍服をしまったオフの日にスーパーに寄るときの感情については知るよしもない。

冒険や戦争を描くビデオゲームのなかで、巨大な脅威に立ち向かうヒロイックな感情や困難な敵と戦う感情についてをプレイヤーは知っているだろう。だけど日常から生まれてくる感情についてを取り扱うビデオゲームはこれまで取り扱われなかった。洗い物をしているときにふと5年前の職場のやり取りで抱いた殺意について思い出す感情については知られていない。

ビデオゲームが鬱屈した日常での感情について描くことが増えたのは、ここ数年の間だ。それは個人製作や少数のメンバーで制作されるビデオゲームのシーンから生まれている。

たとえば『CartLife』という小売業として生活していくビデオゲームがある。表向きはアメリカの田舎を舞台とした簡素な経営シミュレーションのようだが、その体験には、わずかな日銭のためにベーグルを売って生きていく日常とその苦い感情に溢れている。

3人の主人公を選択することができるが、みんなぎりぎりの生活の中で生きている。モーテルでネコと暮らしながら新聞を売る男。娘を育てながらコーヒーを売るシングルマザー。売ったこともないベーグル売りを始める青年。商売の下準備にスーパーに買い物に行くとき、娘からの帰宅コールとすれ違いになってしまう。そのことで同居している姉妹に強く責められても、毎日食事して、歯を磨いて寝ることは変わらない。明日は娘とすこしうまくいくことを願いながら、またコーヒーを売りに行く。

本作のこうしたゲームデザインは、開発者のリチャード・ホフマイヤー自身の経験が多分に反映されているらしい。ここまで日常の苦さをひとつの体験に仕上げたクリエイターはいない。


The Novelist』では妻と息子の家族で暮らす小説家の生活を描く。プレイヤーは屋敷に住み着くゴースト。家族それぞれの内面に入り込みながら、家族それぞれの持つ感情を読み取り、導いてゆく。そこには一緒に暮らしながらも決して交わらない家族ひとりひとりの心情を見つめる形になる。

また、『フィンチ家の奇妙な屋敷でおきたこと』でも日常の感情は描かれる。ある一族がすべて奇妙な死を最後に遂げるのを追っていく中で、無為な作業を続けるシーンがある。そこでは単調な作業中に起こる感情を体験できる。家族の一人に魚工場で首を落とす単純作業を行い続ける人間がいるのだが、永遠に続くかと思われる作業と相反するファンタジックな妄想に耽る。無機質な工場での作業と、ファンタジックな妄想のふたつを同時にゲームプレイするシークエンスはまさに単純作業に従事する感情をリアルに描いているといえる。

ビデオゲームはルールから競い合い勝敗を目指すほかに、ひととおりのゲームプレイを通してある感情についてを見つめることができるジャンルでもある。プレイヤーは演者でありながら同時に観客でもある二律背反する性質を持つ故、一連のゲームプレイを通してプレイヤーの中で本物の感情が生まれながら、その感情を遠くに見つめることができる。

いまのゲームデザインはその感情を体験させるより細かい。仕事が終わり、疲れ切り、夜のバスに乗車して座席に座り帰宅する途中、ふと窓を見つめたときにやつれた自分自身の姿が反射されて映し出され、目が合ったときの感情を体験するようなゲームがささやかに生まれている。 

●連載の他の回はこちらから

追記・アートハウス系ゲームを紹介する前段階の文章だった。

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