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「カスレ」はわが町の誇り

※本記事は、宣伝会議 第43期 編集・ライター養成講座の課題として作成したものです。


 「フランスの雑貨を扱う仕事をしてみたい。」そんな夢を持ち、フランス語を習い始めた私が初めてパリを訪れたのは、もう15年も前のことだ。
 
 パリといえば誰もが知っているシャンセリゼ大通り。マロニエやプラタナスの並木に囲まれたおしゃれな通りを、パリジェンヌたちが優雅に買い物を楽しむ。街のあちこちのカフェではテラス席に陣取って、気のおけない仲間とおしゃべりする人たち。セーヌ川沿いに並ぶブカン(古本市)で本を物色する若者たちの姿。メトロの駅の薄暗い通路を歩くと、あの郷愁を帯びた独特なアコーディオンの音色が響く。駅のホームの壁には、エスプリの効いた落書きが。どこを訪れても、そこここにパリの魅力があふれていた。レストランに入ればシェフが腕によりをかけた創作料理が振る舞われる。ブランジュリーで買ったバゲットをかじりながら公園を散歩するのも、また格別だ。

 こうしてすっかりパリに魅了されて帰国し数年が経ったある日のこと、いつものようにフランス好きの友人たちと何気ない会話をしていると、フランスの田舎町の魅力を嬉々として語るひとりの友人がいた。パリには無いその地方ならではの楽しみに出会えるに違いない。毎年鉄道でフランス各地を周りその土地での出会いを語る彼女の話を聞いて、いてもたってもいられなくなった私は、計画もそこそこに旅にでることにした。
 
 およそ六角形をしているフランスの南部、ラングドック地方にカルカッソンヌという町があることをご存じだろうか。
 「カルカソンヌを見ずして死ぬな」と言われているようにヨーロッパ最大規模の要塞(シテ)が残されており、町の中心部を流れるオード川にかかる橋(ポンヌフ)からも、その巨大な姿が目に入る。この要塞は紀元前3世紀に築かれ17世紀には廃墟と化したが、その歴史的価値により復元されたものだ。長い歴史とともに在り続けた巨大な存在に、圧倒される。

 私がこの町を訪れたのは6月末。しかしその日は薄寒く、町を歩いているだけで体が冷えてきた。
 「そうだ、この町の郷土料理カスレを食べよう」
 そう思って通り沿いにビストロを探すと、店先のボードに「cassoulet」と書かれた店を見つけることができた。カスレとは、白インゲンとソーセージや骨付き肉などを一緒に煮た煮込み料理。熱々のプレートで出される。メニューを指差し、お店のムッシューに「Un cassoulet, s'il vous plaît.(カスレを一皿お願いします)」と言うと、彼は満足そうに「Très bien(いいね)」を繰り返し、私の肩をぽんぽんと叩くのだ。
 あぁ、パリのビストロでオーダーしたときにはこんなことはなかったけれど、地方の人は地元のものに誇りを持っていて、見知らぬ旅の異邦人がそれを食べたいと思ったことが、きっと満足だったんだろう。
 たったそれだけのできごとだったが、カルカッソンヌという町が、カスレというその土地の郷土料理が、そしてお店のムッシューのことが大好きになってしまった。
 

ムッシューご自慢のカスレ


 旅にでかければ、地元の人々との触れ合いがある。そんな旅の醍醐味を知ったあの日からすでに10年が経ってしまったが、フランス語を耳にするたびに、あのムッシューのしわしわの笑顔が目に浮かぶ。


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