見出し画像

仰天!アメリカの介護事情(3)

介護において一番「苦しい」のは中流の下の層であろう、ということを前回書いた。日本でも同じなのかもしれないが、ここアメリカでは、一つ大きく異なる点がある。

「個の文化」が確立し、尊重されている点だ。これは、まず「親世帯と子供世帯は別個のもので、介護も別個」という意識が強い。この点が、「親の介護は子供がすべき」という言わずもがなの慣習が当たり前の日本とは違う。例えば私の周りでは、「老親の”支援”はするが、下の世話などはやらない」という態度の人々が多数いる。米国の小中学校の掃除と同じで、「私は、そんなことをする必要ない(その職業に付いている人がやるべき)」という感覚なのだ。筆者の夫(アメリカ人)などは「親のプライベートな部分なんて見たくもないし、彼らも嫌だろう」と言い切る。

ここで登場するのが、自宅介護を仕事とする「ケアギバー(介護士)さん」達だ。彼らには特別な資格は必要はない。多くは移民で、英語が母語である人が少なく、学歴なども高くない。しかし、フルタイムで一日8時間、週5日働けば、(州にもよるが)月収$5000(55万円)以上は稼げる。実入りは悪くない仕事なのだ。彼らの仕事や雇用形態は、日本で昔あった「付添婦さん」というものに近い。エージェンシーに属している人もいれば、フリーランスの人もいる。ケアギバーさんを雇うお金は、親の貯金やリバースモーゲージが第一義、そして足りない部分は子供達が出し合うのである。

個人的な印象で恐縮なのだが、日本で施設に入ったりヘルパーさん訪問が必要なレベルの人々でも、米国では老々介護、または一人暮らしで頑張っている人々が多い。彼らの「自立志向」は驚くほどだ。家が比較的広く、歩行器等を自宅で使ったり、バスルームも少しの改造で使用できることも有利な点だ。スーパーなども、必ず身体障害者用の駐車場があり、店内も広いので電動車椅子での買い物が可能。街自体も、日本のように段差や階段が多くなく、車椅子での移動がしやすい。

筆者の友人に、杖を使ってやっと歩いている白人男性(84歳)Kさんがいる。元音楽家の彼は、楽器に囲まれ自宅で一人暮らしをしている。一人娘は海外にいて、老父の為にヘルパーさんを雇ったのだが、すぐに解雇されてしまった。Kさんは、今でも自動車を運転しており、日常品の買い物も自分でして、自炊している。病院の送り迎えや長距離の運転は、私を含めた友人達や近所の人々がヘルプするが、非常に「自立心」の高い天晴れな人物だ。

もちろん彼は、「リビングウィル」(判断能力を失った際に自分に行われる治療やケアに関する意向を示した書)を作成して冷蔵庫の上に貼っている。「アドバンスディレクティブ」(医療に関する事前指示書)とともに、これを作成済みの高齢者は米国では少なくない。「もしも」の時に家族が決定を下す場合がほとんどの日本とは大きな違いだ。ここでも「個人尊重」の精神が生きている。

米国の医療費が非常に高額であることは前述したが、寝たきり人口は米国は日本の5分の1*、入院期間も圧倒的に短い。胃ろう(PEG)を施される高齢者も日本より遥かに少ないし、その数は減少傾向にある*。

筆者は、父の看取り経験を通して「人間、自分の口で食べられなくなったらそれは逝く時」という思いを強くした。寝たきりになっても往々にして「生かされる」日本の高齢者と、最後まで「自立を保ち、自分の生死は自分で決めたい」米国の高齢者。どちらがいいとも言えないが、筆者はできれば後者を選びたいと思う。何れにせよ、介護はあくまで「個人の問題」である米国では、介護はひっそりと大きな家の中で行われているようだ。

--------------------------

仰天!アメリカの介護(1)
仰天!アメリカの介護(2)


(資料)
*8 寝たきり老人の現状分析ならびに諸外国との比較に関する研究第2版 Core Ethics Vol.6 (2010)
*9 「胃ろう普及の国家間比較」(2011)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?