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井上ひさし『國語元年』

この記事は、日本俳句教育研究会のJUGEMブログ(2022.03.09 Wednesday)に掲載された内容を転載しています。by 事務局長・八塚秀美
参照元:http://info.e-nhkk.net/

明治7年を舞台に、国の土台を築こうと「全国統一話し言葉」を制定しようとする南郷清之輔を主人公とした戯曲です。

南郷家には様々なお国訛りをしゃべる人たちが集まってくるのですが、そのバラエティたるや、まるで明治時代の「日の本のお国の縮図」ともいえるような設定となっています。

登場する主な言葉と登場人物は以下の通り

長州弁―長州出身で婿養子の南郷清之輔
鹿児島弁―清之輔妻・光と清之輔の舅・南郷重左衛門 
名古屋弁―書生の広沢修二郎(語りを担当
江戸山の手言葉―もとは旗本の奥方で女中頭の秋山加津 
江戸下町言葉―女中の高橋たね
羽州米沢弁―女中の大竹ふみ 
大阪河内弁―大阪の女郎だった御田ちよ 
遠野弁-車夫の築館弥平
英語―アメリカ帰りの江本太吉 
京言葉―公家の国学者裏辻芝亭公民
会津弁―強盗の若林虎三郎

明治という時代にあって、新政府側から旧幕府側まで様々な背景を彷彿とさせる地域の言葉が網羅されています。

では、それぞれの人物が勝ち組と負け組のように描き分けられていくのか……というと、皆が何らかの失敗をしていき、完全なる勝者というのがいないのが特徴的な作品で、主人公の清之輔すら、「全国統一話し言葉」作りに失敗します。おそらく作者は、西洋文明を盲目的に取り入れ、また闇雲に国民を一色にしていこうとする明治の日本という国そのものにもの申す近代小説を、戯曲として作り上げたのだろうと感じました。

ともかく、これらの言葉が音声となって飛び交う舞台を想像すると、まさに混沌……で、明治の世の象徴としか思えません。また、登場人物達の中で、強盗という一番底辺の者として描かれているように見える若林虎三郎が、誰よりも物事の本質をついた様々な反対意見を述べる役割を担わされているのも、皮肉にも面白い戯曲だなと感じました。

言葉ヅモノワ、人が生ぎでエグ時ニ、無くてはならぬ宝物ダベエ。理屈コネデ学問シルニモ言葉ガ無クテワワガンネ。人と相談打つのも、商いシルのも言葉ダ。人を恋シル時、人ど仲良くシル時、人をはげまし人からはげまされッ時、いつでも言葉が要ル。人は言葉が無くては生きられない。そんなに大事な言葉を、自分一人の考えで勝手に売ッ払ッてかまわないと思って居ンノガ。そんな馬鹿なゴドはあるものでない。

万人のものは万人の力を集めて改革するが最良の上策にて候わずや。そのためには一人一人が、己が言葉の質をいささかでも高めて行く他、手段は一切あるまじと思い居り候。己が言葉の質をいささかでも高めたる日本人が、千人寄り、万人集えば、やがてそこに理想の全国統一話し言葉が自然に誕生するは理の当然に御座候。