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天童荒太『ペインレス』

この記事は、日本俳句教育研究会のJUGEMブログ(2022.01.23 Sunday)に掲載された内容を転載しています。by 事務局長・八塚秀美
参照元:http://info.e-nhkk.net/

人間が生きていく上で逃れられない「痛み」をテーマに、心に痛みを感じない女性と、肉体に痛みを感じない男性という、一般的な「痛み」を知らない(無痛・ペインレス)人の目を通していく中で、「痛み」を感じる我々人間が浮き彫りにされていく小説でした。

主人公は、心に痛みを感じない美貌の麻酔科医・野宮万浬。彼女に対するのは、テロによる事故が原因で身体の痛みを喪った青年・貴井森悟。二人を中心に紡がれる物語ですが、単行本から文庫化される際に、サブタイトル「私の痛みを抱いて(上巻)」、「あなたの愛を殺して(下巻)」が付けられ、よりストーリーの方向性が伝わりやすくなっていました。

私たち人間にとって、痛みは取り払いたいものであり、ペインレス(無痛)であることは望ましいことだと思っていましたが、痛みを取り除く麻酔科医として卓越した技術を持ちながらも、他者への共感が全くない万浬のような存在を知ることで、「痛み」を感じる力とは、裏返せば「愛する力」なのではないか……、痛みを感じるからこそ、人は、人の痛みをも感じることが、できるのではないか。もし、人間の弱さというものが、「痛み」を感じる故に生まれるものであるとしたら、私は、痛みを感じる弱い人間であってもよいのかもしれない、と思うようになってきました。痛みに向かい合い、取り除こうともがくことも含めて人間の営みなのではないか、と感じられた作品でした。

ペインレスな存在である二人に愛は成立するのか? 読後の印象が、どこまでも孤高の存在として立ち続ける万浬の物語の結末を受け取ったというだけでなく、痛みを切り離せない中で生き続けようとする人間存在が浮かび上がってきたように感じたのも、この作品が、弱さを持つ人間への天童さんの温かいまなざしに支えられているからなのだろうと感じました。

また、読後に見つけた「天童荒太『ペインレス』特設サイト|新潮社」の、天童荒太さんの動画やインタビューも大変興味深く、より作品への理解が深まりました。