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朝井リョウ『スター』

この記事は、日本俳句教育研究会のJUGEMブログ(2020.10.10 Saturday)に掲載された内容を転載しています。by 事務局長・八塚秀美
参照元:http://info.e-nhkk.net/

朝井リョウさんの新刊は、作家生活10周年記念作品[白版]の『スター』です。朝日新聞夕刊の1年2ヶ月の連載を加筆修正した作品ですが、私自身はこの単行本が初読みで、大変楽しみに手に取りました。

タイトルともなった「スター」の意味を探りながらの読書となりました。

小説では、プロとアマチュアの境目が曖昧になっているジャンルとして「映像」の世界が取り上げられていきます。主人公は、尚吾と紘の二人。彼らは、大学で二人で一つの映画を監督し、新人の登竜門となる映画祭でグランプリを受賞しますが、卒業後は、名監督への弟子入りとYouTubeでの発信という真逆の道を選ぶことになります。

二人は、それぞれの場で「作品の質や価値は何をもって測られるのか」「私たちはこの世界に、どの物差しを添えるのか」という表現者としての葛藤を抱えながら悩み、答えを出していくのですが、私たち読者自身も「質が高いもの」「本物」とは何なのか、私たちは何を選択しているのか、あなたはどんな星付けをしながら生きているのか、を問われているような作品でした。

対極を生きる二人の人生がどう再びクロスし、二人はどんな答えを出していくのか……。投げ込みチラシの「私の中で白黒つけられないグレーなテーマを扱っています」との作者からのメッセージを読んでいたので、どんな結末が用意されているのか(朝井リョウさんならではの不穏さも想定しながら)最後までドキドキしながら読み進めることになりました。

結末は明かせませんが、二人が別方向から同時に到達する「心」の問題、そして、彼らが世界に向かい合っていこうとする姿勢などなど、朝井リョウさん自身の表現者としての誇りや自信が、清々しく見えてくるような展開となっていて、まさに10周年記念作品[白版]と呼ぶにふさわしい作品だと一ファンとして嬉しくなりました。

どうやら、10周年記念作品は、今回の[白版]『スター』だけでなく[黒版]『正欲』の発売も予定されているようで、『正欲』は『スター』の対極にあるような作品なのだそうです。私たちが生きているまさに「グレー」である現実を、次回は「黒」側から眺めた一冊になるのでは! と、朝井リョウ的毒が大好物のファンとしては、来春の刊行が楽しみでなりません。