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辻村深月『鍵のない夢を見る』

この記事は、日本俳句教育研究会のJUGEMブログ(2022.01.08 Saturday)に掲載された内容を転載しています。by 事務局長・八塚秀美
参照元:http://info.e-nhkk.net/

辻村さんの小説との出会いは、『名前探しの放課後』でした。その時は、ストーリーテラー的魅力が最大の持ち味の作家さんなのだなあという印象がメインであったものの、ストーリー展開に深みを与える各章の頭に置かれた名作の配置具合に心惹かれるところがあり、ストーリーテリング以上の部分を覗きたい衝動に駆られた読書体験でした。そこで今回は、147回直木賞を受賞したという『鍵のない夢を見る』を手にとってみることにしました。

驚きました。5編の短編集なのですが、それぞれの作品の持つ濃度にぞわぞわしながら読み進めました。各作品のタイトルも読み心地にぴったりで、タイトル末には「泥棒・放火・逃亡者・殺人・誘拐」と意味深な言葉が並びます。そして、それぞれが単独の話であるにもかかわらず、どの短編からも感じずにはいられなかったのが、自己評価と社会的評価との乖離が生み出す空虚さでした。

もちろんそこには、報われない日常を過ごすしかない人間という普遍性も描かれてはいるのですが、それ以上に特徴的なのが、どの作品の登場人物にもある種の狂気のようなものがあって、それらが、一般をはみ出してしまっているところでした。そして、はみ出した彼女らが皆、自分の孤独を孤独として正面から受け止めることができておらず(気づいてさえおらず)、まさに「鍵のない夢を見」続けているような様子であることも、読者にはリアリティある人間のかなしみとして写りました。皆自分の夢に鍵を掛けられない人物なのだなと……。

とはいえ、最後の一篇には、その孤独を受け止めようとする希望のようなものが描かれていて、小説の救いになっているように感じました。自分を離れられた瞬間に手に入れられるだろう新しい未来が作品の余韻となっていて、読者としても救われた気がしました。

『鍵のない夢を見る』は2012年の作品のようです。この後の辻村さんがどのような筆致になっているのか、さらに興味がわいてきました。