見出し画像

川上弘美『三度目の恋』

背表紙には、次のように紹介されています。

結婚したのは、唯一無二のはずだったひと。高丘さんに教えてもらった「魔法」で、むかしむかしの世に旅に出るようになるまでは。あるときは江戸吉原の遊女、さらには平安の世の女房として、梨子はさまざまな愛を知り……。『伊勢物語』をモチーフに、夢とうつつ、むかしと今のあわいをたゆたい、恋愛の深淵をのぞく傑作長編。

『伊勢物語』の六段、「鬼一口」で知られる芥川のモチーフを、恋の狂態の例として繰り返しちりばめつつ、平安の貴族社会、江戸の遊郭、そして現代の男女の恋愛を交差して描いた作品でした。現代に生きる主人公の梨子が、「魔法」(夢の中)によって、別の時代の別の人生を生きていくのですが、その際に、現代人梨子の意識も残っていて、当時の女性の恋愛観を現代の価値観で眺めていくのが特徴的でした。

主人公の梨子が、盲目的に愛して結婚した「ナーちゃん」は、「いったん心の通じあった女のひとを、むげにすることができない」男で、その名の通り業平を思わせるプレイボーイです。そして、ナーちゃんへの愛から覚めた梨子の心を支えることになるのが、高丘さんです。彼は平安の世の薬子の変で仏門に入ることになった高岳親王を彷彿とさせる人物でもありました。

ほんとうの世界は、ただの断片からなっているだけで、見渡すことなどなかなかできないはずなのに、ぼくたちはみんな、その断片をつなぎあわせて、自分のためのお話をいつも作りあげているんじゃないかな
ひとには、物語が必要だって、何百人もの心理学者や小説家が言っていることだしね

このように語る高丘さんは、梨子の見る夢(魔法)にも登場し、現実と夢の両方で彼女の思いを共有するかけがえのない人となっていきます。

梨子の見る夢が魔法であったのか、それとも、梨子が作り出した物語なのか……それは読者の解釈に委ねられるのでしょうが、個人的には、ナーちゃんの秘めた恋に傷つき「悲しい」思いをした梨子が、平安の世で誰かをいとおしく思う時に使う「愛(かな)しい」という思いを手に入れていくために必要な、断片を思い込みでつないだ物語なのだろうと読みました。

そのように考えると、平安の女房と江戸の遊女は、どちらも男性に通われる側の女性でした。梨子は、現代の結婚制度が生み出すしがらみからは最も遠い、純粋な愛情だけで成立(したり別れたり)する世界で生きたいと願っていたのかもしれません。

現代とは違ったゆるみの中で、純粋な恋のかけひきを愉しむことができた平安時代の「愛(かな)しい」という感情を手に入れた梨子。ナーちゃんでもなく、高丘でもなく、「心の底から、何かを愛したい」と思う幸福の中にいる梨子は、男性に左右されない自分の物語(人生)を愛(かな)しみながら生きていくのでしょう。

余談ですが、川上弘美訳の『伊勢物語』の情報を探していて知ったのですが、河出文庫で「古典新訳コレクション」が刊行されているのですね! 現代作家たちによる古典の現代語訳とは!! 読みたいものが多すぎて……ひとまず、『伊勢物語』と『更級日記』をポチしてしまいました。楽しみです。(八塚秀美)