角田光代『対岸の彼女』
第132回直木賞受賞作品は、小夜子と葵(アオイ)とナナコという女性たちの物語です。
主人公は、育児にも家事にも非協力的で、妻の仕事を見下している夫のもとで子育て中の小夜子です。30歳を過ぎた彼女は、女社長の葵(偶然にも同い年で同じ大学)が経営するプラチナ・プラネットで働くことを決めるのですが、この小夜子の物語と交互に描かれていくのが、葵の女子高生時代のエピソードでした。現在と過去を行きつ戻りつしながら読み進めるうちに、現在の葵が高校時代のアオイ(小夜子のような存在)とは大きく違っていて、むしろナナコのようなキャラクターに変化していることに気づかされ、葵のナナコ化の原因をさぐる読書となりました。
いじめから逃れてきたアオイと、空洞を抱えてどこにも属さないナナコは、人知れず友情を育んでいくのですが、強い絆で結ばれながらも、二人の起こした事件もあり離れてしまうことになります。その後二人は会うこともなく、一見亀裂が入ったようでしたが、現在の葵の選び取った旅行関係の便利屋という仕事や社名が、ナナコとの時間から生まれたものだったという心憎い仕掛けには心が温かくなりました。またラストに差し込まれた、対岸にいたアオイとナナコに小夜子が合流していくイメージも、人と関わることに疲れていた小夜子が、信じることを手に入れた葵に重なっていくようで、彼女たちが自分で捕まえていくだろう未来の確かさを見たように感じました。