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認定日本語教育機関の可能性〜「日本語教育課程編成のための指針」を読んで考えたこと

2023年年末に、文化庁から「認定日本語教育機関の認定」「登録日本語教員」「登録実践研修機関・登録日本語教員養成機関」に関する資料が次々と出されました。今年入り、順次説明会も行われています。資料が多すぎて、しっかり読み込むのは大変な作業ですが、今回は、「認定日本語教育機関」に関する資料を読んで考えたことを書いてみたいと思います。

私が特に関心を持っているのは、日本語教育課程をどのように編成すればいいかです。教育課程によって、認定日本語教育機関には、様々な可能性が生まれると思うからです。

資料を読む限り、日本語教育機関には、大きなパラダイムシフトが求められると思いますし、今後の日本語教育の方向性を大きく変える内容だと感じました。

そこで、今回は、「認定日本語教育機関 日本語教育課程編成のための指針(案)」(以下「指針」)を読んで考えたことをまとめてみたいと思います。

なお、「指針」では、「留学」「就労」「生活」の3分野、それぞれに説明がされていますが、今回は「留学」分野に絞って書きたいと思います。


日本語教育機関の独自性

まず、「指針」の「考え方」や「留意点」で、繰り返し強調されているのが、以下のような言葉です。

  • 各機関の教育内容の多様性を尊重しつつ、

  • 各機関の独自性が教育課程に反映される

  • 発展的かつ創造的に教育内容を計画、実施し、

各機関の「多様性」や「独自性」「創造的」という言葉が出てきます。教育課程の編成が、各日本語教育機関の均一化を求めるものではないことがわかります。これまでの日本語教育機関は、予備教育機関という位置付けだったため、大学等の高等教育機関への進学が主な目的となっていました。今後も、やはり「進学コース」がメインとなるでしょう。

「指針」によると、「進学コース」以外の教育課程の設置も可能性があるように思います。「留学分野」について書かれた箇所を読むと以下のような記述があります。

就労を希望するのに必要となる日本語能力を身に付けたり、自己研さんとして日本語能力を向上させたりするなど多様で幅広い目的を踏まえ、学習者(生徒)の目標や進路目的に沿った教育内容を行うことを目的とする。

(p.3)

「留学分野」の中に、就労目的や自己研鑽を目的としたものも含まれることが明記されています。ということは、「留学分野」で「就職コース」などのコースを設けることもできそうです。ただし、「就労分野」との棲み分けをどのようにするのか判断が難しいところです。「技術・人文知識・国際業務」の在留資格を目指すのか、「特定技能」や、現在検討されている「育成就労制度」を対象にするのかというところが、判断基準になるのでしょうか。

また、「一般コース」など、目的が漠然としたコースが今後認められるのかというところも気になります。これまでは、進学以外の目的を「一般」とか「総合」などとしていましたが、独自性が認められるのであれば、もっと目的を明確にしたコースの設定も考えられます。教育課程の名称について、学習者が確認できるよう「明確に伝わる工夫を加えた名称にすることができる」という記述もあります。

そう考えると、「ビジネス日本語コース」とか、「通訳・翻訳コース」などの教育課程も考えられそうです。アイデア次第で、「認定日本語教育機関」でも特色のある教育課程が設置できそうな気がします。ただしこうなると、専門学校との線引きが難しくなってきます。このようなコースが認められれば、専門士が取得できるかどうかの違いしか生まれないケースも出てきそうです。

また、就労目的のコースにした場合、出入国在留管理局の在留資格の審査がどうなるのかも気になります。例えば、大学に進学する場合の留学費用と「日本語教育機関」を修了してすぐ就職する場合の費用は明らかに異なります。経費支弁の証明など、設置コースに合わせた審査が行われるのか、この辺が明確にならないと、申請しても在留資格の審査で落とされる、つまり、経営が成り立たないということになりかねません。

評価のあり方

評価については、かなり踏み込んだ記述が見られます。例えば、以下のようなものです。

- 到達目標、学習目標の設定から学習成果の評価方法、評価項目や評価基準、学習活動の設計まで一貫した方針のもとに編成する
- パフォーマンス評価、自己評価、他者評価、成果物提出など、形成的評価、総括的評価を授業の目的と照らして適切に組み合わせて、必要な評価ツールを用いる。

(p.8)

私は、学習目標と評価とには一貫性が必要だと思っています。ですから、ここに書かれているように、評価方法や評価基準も学習目標に合わせて、編成されるべきだという考え方は当然だと思います。

しかし、現行の法務省の告示基準では、修了者について、進学先や就職先、受験した試験の結果をリストアップし、出入国在留管理局に報告することになっています。また「日本語教育の参照枠」のA2相当以上の修了生の数や割合を報告した上で、公表することにもなっています。

A2相当以上のレベルを証明するための試験も、入管によって定められています。

在留資格「留学」における日本語能力に関し「日本語教育の参照枠」のA2相当以上のレベルであることを証明するための試験

日本語能力の評価基準が制度として組み込まれ、公表を義務付けるという方法を残しつつ、学習目標に合わせた評価方法を編成するというのは、かなり無理があるのではないかと思います。

繰り返しになりますが、学習目標と評価方法というのは、一貫性が必要です。受けるべき試験が指定され、その結果を公表することによって、各学校の質を担保するという方法をとっている限り、教育課程は、そこに合わせて編成するという発想が生まれ、各教育機関の独自性は失われます。

このような制度運用上の矛盾をどう解消していくのか、この点は、明確な方針を打ち出して欲しいところです。

自律的な学習者

もう一つ特徴的なのは、「自律」という考え方です。

学習内容には、必須項目として、「学習を自ら管理する能力 」が挙げられています。説明として、以下のように書かれています。

学習者(生徒)が、自分に必要な日本語能力を具体的に意識し、学習計画を立てたり、学習計画を自分に合った方法で管理したり、調整したりすることができるようになることを目指す。

(p.6)

評価の項目では、以下の注意書きもありました。

自立した言語使用者として生涯にわたり日本語を学んでいくための自律的な学習の能力の醸成を目指すことも望まれる

(p.8)

このような能力を養うには、振り返りの時間を体系的に編成するだけでなく、学習内容も自ら調整できるよう、学習者に選択権を与えることも必要です。評価のあり方も重要なポイントになります。

しかし、先に述べたように、現行の告示基準では、評価の対象となる試験が決められています。学習者にも、試験の結果を学校に報告することが求められています。また、在籍している全学生の出席状況も定期的に報告することが義務付けられています。

退学した学生も全て報告することになっています。さらに、報告書のフォーマットの退学理由を見ると、「所在不明」「学費未納」「出席不良」「成績不良」などの選択肢が挙げられています。

私が以前に運営していた学校は、退学者が多かったのですが、その理由のほとんどは、修了予定時期より前に就職先が決まったというものでした。中には、新たにやりたいことが見つかったと言って帰国する学生もいました。報告書の選択肢に挙げられている理由項目に該当する人は一人もいませんでした。

「自律的な学習者になる」とは、学習期間や目的を自分自身で決められるということでもあります。必要ないと思ったら、自ら辞めるという選択肢も自律だと思います。実際、「日本語教育の参照枠」にある「多様な日本語使用を尊重する」という考え方は、自分に必要な言語活動は何かを自ら考え選ぶことだと理解しています。

「管理」という考え方から、「自律」は生まれません。この点も、現行の告示基準と「指針」との矛盾を解消すべきではないかと思います。

今後の「留学」のあり方

政府の教育未来創造会議では、2033年までに外国人留学生を40万人受け入れるという方針が示されています。

未来を創造する若者の留学促進イニシアティブ(第二次提言)概要(2023年4月27日)

提言では、今後の留学生の受け入れについて、様々な戦略が提案されていますが、留学費用を工面して来日し、日本語を学び、さらに大学等に進学しようと考えている学生は、少子化が進み、供給制約が課題となっている今の日本において、貴重な人材になっていくはずです。

一方で、海外への留学を希望する日本の学生は減少しているようです。慣れ親しんだ環境を離れ、国外で生活しようと考える学生たちは、非常にバイタリティがあります。そして、異文化の中で多くの経験を積んでいきます。提言でも、「教育の国際化の推進」ということが謳われていますが、外国人留学生を受け入れることは、日本の大学にとっても、大きな意義があると思います。

以前に、下記の記事を書きましたが、日本に受け入れる以上、留学生本人にとっても、将来につなげるための意味のある機会を提供する必要があります。

外国人を「管理する」という発想で教育を行っていては、自立した個人を育てることはできません。独自性のある教育課程の編成を求めるのであれば、これまでの体制も変える必要があると私は考えています。今後、どのように日本語教育機関の認定作業が行われるのか、引き続き注目していきたいと思いますが、この機会をチャンスと捉え、より良い方向へ進んでいきたいと思っています。

今回も、最後までお読みいただき、ありがとうございました!

共感していただけてうれしいです。未来の言語教育のために、何ができるかを考え、行動していきたいと思います。ありがとうございます!