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【第18回】満足感のある授業をつくる③ARCSモデルの理解と活用

~教育学者から看護教員へ~

 「希望の登校・満足の下校」、素敵なビジョンですね。学習意欲に満ちた学生の姿が目に浮かぶようです。このビジョンを実現していくためも、ARCSモデルは役に立つのではないでしょうか。

ルーブリックの作り方Q&A

  学生の満足感を高めるために、評価の公平性を担保する。そのために、ルーブリックなど評価基準を具体化したものを活用することをヒントとして挙げさせていただきました。特に看護実習は、学生の実践力を細かく評価していくことが期待されるため、ルーブリックの活用が効果的であることが多いものです。一方で、梅澤先生が困られたように、「自力でできる」~「指導を受ければできる」~「指導を受けてもできない」という評価尺度で全て表現するという事例も良く聞きます。これも尺度の作り方の1つではあるので、一概に良くないとは思いません。ただ、この尺度では「“何が”できるのか」の抽象度が高くなってしまい、結局評価の公平性が担保されないケースが散見されます。したがって、梅澤先生が言及されたように、「これができているからB評価、加えてこれもできればA評価」という“できること”に焦点を当てた基準の言語化が最も有効と言えるでしょう。
  さて、ご質問の1つ目は「評価の観点の書き方は、用言止めと体言止め、どちらが良いか」というものです。これは、どちらでも構いません。観点はあくまでもラベル(見出し)ですから、わかりやすい表現であれば何でも構わないのです。実習評価ルーブリックなど観点が多くなる場合は、観点を分類わけした中分類名や大分類名をつけることもあり、その場合は「倫理的実践」や「看護過程」のようにキーワードのみとすることもありますね。一方で、基準そのものについては、用言止めを用いて、具体的に書いた方が評価しやすいでしょう。
  ご質問の2つ目は、「特別加点・減点欄をつくるとは、どういうことか」というものでした。何にでも利点と欠点があるように、ルーブリックには目標を明確にし、評価を公平にできるといった利点だけでなく、欠点もあります。その最たるものの1つが、評価基準に書かれていないことを評価できず、教育(学び)の多様性が失われてしまう危険性があるというものです。教員の立場からすると「~さんの○○な点は評価基準にはない観点だけど評価してあげたい」、「~さんの△△な点は、この基準の最高評価以上の評価をしてあげたい」などといったポジティブな評価や、これらとは全く逆のネガティブな評価ということもあるでしょう。逆に学生の立場からすると「この観点のことだけ頑張ればいいのか」「前回評価で最高評価をもらったから、自分はこれ以上がんばらなくてよいのか」と考えることもあるでしょう。公平性を意識して評価しすぎるあまり、自由でのびのびとした教育や学びが妨げられてしまうのではないかという危惧があるのです。そのリスクを低減させるための対策の1つが「特別加点・減点欄」をつくるというものです。この欄は、評価基準には記載のない良い点や改善すべき点を記入できます。ただし特別加点や減点があまりも大きすぎると、最終的な評価結果から公平性が失われてしまいます。加点や減点の幅は小さくして全体評価には大きな影響を与えないようにしつつ、きちんとあなたを観ていますよというメッセージを学生に伝えることができます。またルーブリックを自己評価で使っている場合は、自分自身で、自分が頑張ったことなどを別途記載できるため、必要に応じて枠組みを超えた学びを促すことも可能です。特別加点に記載されたコメントを踏まえ、次年度以降の評価観点や基準の見直しに役立てることもできます。

ARCSモデルの活用Q&A

 板倉先生の授業は、「R:関連づけ」が非常に良くできた事例です。授業の最初と最後に授業の目標とまとめを丁寧に説明することは、「ヒント4:目標と関連づける」ことにつながります。実習経験と結び付けることは「ヒント6:経験と関連づける」ことにつながっています。板倉先生の授業で学んだことが、後に「実際の実習現場で役立った!」と学生が思えたならば、それは「S:満足感(ヒント)」につながり、さらなる学習意欲の増進につながったといえるでしょう。
酒井先生の“一連の”学生指導は、助言によって「R:関連づけ(ヒント4:目標と関連づける/ヒント6:経験と関連づける)」を実践し、練習機会によって「C:自信(ヒント8:成功の機会を与える/ヒント9:努力による成功を促す)」をもたらし、実際の実践フィードバックによって「S:満足感(ヒント10:成長や価値を実感させる)」をもたらした見事なものです。最初の助言の際に、酒井先生が答えを提示するのではなく、「仕事を辞めること以外に再発を防止する工夫はない?」と発問していたとすれば、「A:関連づけ(ヒント2:探求心を喚起する)」までも含んだ実践といえ、「ARCSコンプリート!」と叫んでしまいたくなります。
梅澤先生は、「自分たちの教育活動が12のヒントのどこに該当しているか考えたり、自分の特に気なるヒントを頭において日々の教育活動を行ったりするレベルに“とどまっています“」と振り返られましたが、そのレベルに到達したこと自体がすごいことだと私は思います。教育目標分類として有名なブルーム・タキソノミーは、認知的領域の教育目標を記憶・理解・応用・分析・評価・創造の6段階のレベルで示しており、先生方は5段階目(評価)から6段階目(創造)へと上がろうとしておられることが分かります。同じく情意的領域の教育目標は、受容・反応・価値づけ・組織化・個性化の5段階ですが、ARCSの価値をA・R・C・Sと個別で捉えるのではなく全体を体系的に捉えようとされていることから、すでに4段階目(組織化)のレベルにあり、「哲学や世界観を形成する」6段階目(個性化)に挑戦している段階といえます。精神運動的領域は、模倣・巧妙化・精密化・分節化・自然化の5段階ですが、すでに「適切に行う」4段階目(分節化)のレベルにあり、「自然に行う」5段階目(自然化)のレベルに挑戦していただいています。つまり、先生方は、ARCSモデルを修得する最終段階にあるのではないかということです。

図 ブルーム・タキソノミー

 それでは、最終段階へとたどりつき「希望の登校・満足の下校」を実現するために何ができるかと考えますと、ARCSモデル活用の輪を広げることだと私は考えます。先生方も薄々お気づきかと思いますが、ARCS全体を踏まえて活用するとは、1つ1つの授業、1つ1つの指導をARCSモデルを意識しながら行うということを越えて、“一連の”授業や“一連の”指導を通じて、カリキュラム全体、学校全体として学生1人1人の学習意欲を高め続けられるようにするということです。そのためには、今回の研究会活動の輪を学校全体へと広げていく必要があるのではないでしょうか。教員各々が持つ知識や経験を、暗黙知から形式知へ、個人の知から組織の知へと発展させていくためにも、ARCSモデルを1つの共通言語として学校全体で使っていくことができれば、きっと「希望の登校・満足の下校」を実現できることでしょう。


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