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わざわざ手数料を負担してでも飲食店はキャッシュレス決済を導入するべきか?

近年、キャッシュレス決済に対応するお店は着実に増え続けています。
そのキャッシュレスの話題で避けては通れないのが、店舗が負担する加盟店手数料の問題です。

そこで今回は、「決して安くはないコストを負担してでも、飲食店はキャッシュレス決済を導入するべきか?」というテーマについて考えてみます。

キャッシュレス決済の加盟店手数料問題

キャッシュレス決済は利便性が高く、ポイント還元も充実しているため、今や多くの消費者がその恩恵を享受しています。
そのためSNSなどでは、「カード不可のお店は客の利便性を無視している」といった趣旨の批判も見受けられます。

一方、そのためのコスト(加盟店手数料・決済端末代・回線通信費)は、基本的にお店側が負担することになります。

日本における手数料率は3~5%程度であり、利益率が数%以下のお店も多いということを考えると、この負担は決して軽くはないといえるでしょう。
それは「現金で支払ってくれればわざわざ負担する必要のないコスト」なのですから、導入に否定的な意見が出るのも、何ら不思議なことではありません。

もちろん、キャッシュレス決済はお店にとってもメリットがあるのですが、これらのコストを負担してでもお店が導入すべきかどうかについては賛否あり、各所で熱い議論が繰り広げられています。

※ 一部では「カード決済の場合は手数料上乗せ」や「カード決済は5,000円以上から」「ランチの会計はカード決済不可」といったルールを設けているお店も少なくありません。しかし、これらのルールは加盟店規約に違反しているため、本来はあり得ないものとして話を進めます。


日本がキャッシュレス化を推進する理由

2018年4月に経済産業省が「キャッシュレス・ビジョン」を発表したのを皮切りに、同年7月には、産学官が横断的に連携を図るべくキャッシュレス推進協議会が設立されました。
2019年10月からは、消費税増税に合わせてキャッシュレス・消費者還元事業も開始されています。

では、なぜ日本はキャッシュレス化を進めているのでしょうか。
「キャッシュレス・ビジョン」冒頭部では、キャッシュレスに取り組む理由について、次のように書かれています。

【背景】
・東京オリンピックの開催等による訪日外国人の増加
・少子高齢化や人口減少に伴う労働者人口の減少

【狙い】
・実店舗の無人化や省力化による生産性向上
・不透明な現金資産の見える化と流動性向上
不透明な現金流通の抑止による税収向上
・支払データの利活用による消費の利便性向上や活性化

実際にあらゆるキャッシュレス決済手段がその期待に応えられるかどうかには疑問も残りますが、少なくとも、これらの狙い自体は確かに追求する価値があるように思われます。

基本的に、現金から非現金へのシフトは不可逆的なものです。
国が明確にこの姿勢をとって様々な推進施策を行っている以上、日本が今後もキャッシュレス化の方向に進み続けるのは間違いないでしょう。


決済サービス事業者が強気な投資を続ける理由

周知のように、キャッシュレス決済領域への新規参入、および大規模な還元施策を伴うユーザー獲得競争が激化しています。
その中にはすでに「失敗」してしまったものもありますが、いくつかのプレイヤーは、巨額の赤字を抱えながらもなお強気な投資を続けています。

いくら国が大々的に推進しているとはいえ、複数の民間企業がこれほどの投資を決断できるのはなぜでしょうか。

①プラットフォームにならないと投資を回収できないから

お金を扱うサービスですから、厳しい規制やセキュリティ基準をクリアしなければならず、仕組みを作り上げるには、かなりの人・費用・時間を要します。
しかし、ユーザーが増えて流通額が増えれば、やがて継続的・安定的に収益を生むプラットフォームになりえます。
逆に言えば、そうならない限り初期投資はとても回収できないため、後には引けなくなってしまうという見方もできます。

②プラットフォームになれば「その先」のサービスを展開できるから

電子決済はあくまでも入り口の一つでしかなく、彼らはその先にある総合金融プラットフォームを見据えているのではないでしょうか。
例えば、購買データを広告ターゲティングに活用したり、信用情報を活用して金融サービス(融資や保険など)を拡張したり、といったイメージです。

である以上、まだ「電子決済ツール」の域を出ない今のフェーズでは、ひたすらユーザーへの還元とキャッシュレス推進施策が続けられるでしょう。


消費者側の視点

前述したような状況ですから、『キャッシュレス派』の消費者はますます増えていきます。
地域差も大いにありますが、もはや現金をほとんど持ち歩かない、それどころか、財布も持ち歩かずにスマホで済ませてしまうという人も珍しくはなくなってきました。

『現金派』の消費者が、「現金も電子決済も両方使えるお店」で困ることはありません。

しかしながら、あまり現金を持ち歩かなくなった『キャッシュレス派』が「現金しか使えないお店」で困るケースは少なからずあって、結果、彼らがそういうお店の利用を避けるようになる可能性は十分に考えられます。

つまり、キャッシュレス決済を導入しない場合、『キャッシュレス派』の来店が減ることによる機会損失を受け入れるか、あるいは、『キャッシュレス派』が現金を下ろしてでも行きたいと思えるお店にするか、ということになります。


飲食店に求められる考え方

当然、お店側にもお客さんを選ぶ権利がありますから、「支払い方法に不満があるなら来てもらわなくてももよい」というスタンスも認められます。

しかし、「ただでさえ利益率が低いのに手数料を負担する余裕などない」というのが実情なのだとしたら、もしかしたら、そのお店はビジネスモデルを根本的に見直す必要があるかもしれません。
利益を出すことがゴールだからではなく、提供したい価値を提供し続けるためには利益が必要だからです。

「システム化」とは単にデジタルやITを導入することではなく、仕組み化するということです。
その仕組みを使って、従業員の業務負担を軽減したり、席の回転率を上げたり、集客方法をアップデートしたりできないでしょうか。

国が生産性向上を狙いとして掲げているように、キャッシュレス決済もそのソリューションのひとつとなりえるのです。
これからの飲食店は、テクノロジーをコストではなく投資として捉える、そんな姿勢が求められています。


あえて今は導入しないという選択肢

キャッシュレス決済のシェアが増えていく、手数料はかかるが、上手く活用すればメリットもある、むしろ導入しないことで機会損失もある。
しかし、そういうことを理解した上でなら、あえて「今すぐには導入しない」という選択肢もあるはずです。

(キャッシュレス比率が)100%にはならないんでペイはするんですよ。(決済額の)3%を(手数料として)払って、5%収入が増えればそれでいいですから。だからそのタイミングがいつ来るかなんです。

安易に周囲の動きに流されることなく、しっかりと腰を据えて流れを読みながら、冷静に意思決定をする。
このあたりの考え方は、流石「サイゼリヤ」といったところでしょうか。


まとめ

キャッシュレス推進派の主張では、諸外国との比較もよく見られます。

・キャッシュレス決済比率が低い日本は遅れている
・日本の手数料が外国と比べて高いからキャッシュレスが普及しない

という二点を起点にして、議論を展開するパターンです。

しかしこれについては、その主張の正しさ云々以前に、他国と比べて判断をすること自体がナンセンスだともいえます。
もちろん、他国から学ぶことは重要で、良い部分があれば取り入れるべきなのですが、「周りがそうしているから」は、必ずしも「自分たちもそうするべき」とはならないはずです。

いずれにしても、こういったマクロな議論だけに終始すれば、本質を見失いかねません。

確かなのは、一定の水準まではキャッシュレス化が進み続けるということ、遅かれ早かれ、いずれはどのお店もそれに対応せざるをえなくなるだろうということです。

だとすれば、それに付随する費用はコストではなく投資として捉え、事業の成長に繋げる方法を模索するべきでしょう。
ただし、そのタイミングがいつなのか、どの手段がベストなのかは、周りに流されることなく見極めていきたいところです。

[著]Makoto Otsubo


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