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ソポクレス「オイディプス王」

本書を読むキッカケは、10年位前に大学の聴講生として文学理論の講座を受講しているとき、教授から読むことを勧められたからです。
ギリシャ哲学者の藤沢令夫訳を読んで、話そのものよりも美しい日本語に感動しました。
その後に他の方の翻訳も読みましたが、わたしには藤沢訳の快さが忘れられず、今回再読しました。
少し昔風の言い回しが、このギリシャ悲劇に気品ある雰囲気を醸し出します。
あらすじを以下に記しましたが、できるだけ本書の筋書に沿ったため、若干長くなってしまいました。

太古のギリシャの都テバイは、災厄の嵐にもまれて、祈願の小枝を持つ人々の嘆きの声にみちみちている。
オイディプスは放浪の旅にあったが、スフィンクスの謎により呪われていたテバイの国を救ったことにより国の王となった。

今回、災厄に見舞われた国を救うためには何をなしたらよいか、オイディプス王は妃の弟クレオンをアポロンの社に遣わした。
「この国には一つの汚れが巣食っている。国を揺るがしている因は、流された血にあり」
とのお告げだった。
その意味するところは、前王のライオスを殺害した下手人を罰せずにいることだった。
オイディプス王は、ライオス殺害について知る者があれば申し出るように布告した。

また、次の策として、予言者テイレシアスが真相を教えてくれるのではないかと、クレオンをとおして頼んだ。
「この地を穢す不浄の罪びとはあなただ。前王ライオスを殺害し、その妻イオカステと世にも醜い交わりを結んでいる」
と、テイレシアスは告げた。
オイディプス王は、この暴言を仕組んだのはクレオンだとして彼を責めたてる。
ライオスが死んだときになぜ言わなかったのかと。
クレオンは、分からないというばかりだった。
オイディプス王は、クレオンを死罪と決めつける。

妻イオカステが二人の間に入って、愚かしい口論を止めて次のように語る。
予言など信じてはいけない。
かつてライオスに神託が下されたことがある。
「子どもが生まれたらライオスはその子に殺される運命にある」
とのお告げだった。
しかし、ライオスは盗賊どもによって三筋の道の合わさるところで殺されたと、難を逃れた家来の一人から聞いた。
その家来は、ライオス亡き後に羊飼いにして欲しいとこの地から遠くへと出て行った。
だから予言など信じてはいけない。

オイディプス王は、自らの過去に思いを巡らす。
自分がコリントスでポリュボス王を父として住んでいたころに、宴席で酔った男から自分がポリュボス王の子ではないと言われた。
心配になってデルポイのアポロンに神託を伺ったところ
「自分の母親と交わり、自分の父親を殺害する」
と告げられた。

そうしたところにコリントスから使者が来て、ポリュボス王が亡くなったのでオイディプスをコリントスの王に奉じたいと告 げる。
使者がオイディプスの心配を聞くと、ポリュボスとオイディプスとは血のつながりがないと言う。
実は、ライオス様の家来である他の羊飼いからオイディプス様をもらったのだと告白した。

かの羊飼いの男が捉われて連れてこられた。
オイディプス王は激しく羊飼いの男を問いつめる。
お前が他の男に与えた子供はどこの誰なのか。
聞くのは恐いが聞かねばならない。
羊飼いの男は已むに已まれずに答える。
ライオス様のご嫡男です。
奥方様が親を殺すという不吉な神託を恐れて、この子を殺すように命じられましたが、不憫で忍びなかったので他の男に渡しました。

オイディプス王は、衝撃のあまりに宮殿のなかに走りこむと、そこには母であり妻であるイオカステが首を吊って死んでいた。
王は妃を引き下ろし着ている上着の留め金を取って、自分の両眼に突き刺した。

オイディプス王は、クレオンにこの身をこの地から追放し、キタロイの山間深く住まうことを許してくれと頼む。
そこは父母が自分の墓場と決めた場所、そこでお二人の意志のままに死んでゆきたいのだ。

印象に残った点は以下のとおりです。

①神託の絶対性
 アポロンによる神託は、局面は異なりますが内容は同一です。
 「子が親を殺し、母と交わる」というものです。
 それを避けるために、子は捨てられたにもかかわらず、結果としては神託を変えることは叶わなかったのです。
 これは哲学で言うところの決定論の世界でしょうか。
 背景にはこのような思想があったのか、不勉強で分かりませんが興味深く思いました。

➁究極の悲劇
 自身の過失でもなく、まったくあずかり知らぬところで大罪を犯していたという事実は、何んという悲劇でしょうか。
 そして父母の意志のとおりに自分は死んでゆきたいとのオイディプスの声の切なさは、たとえようもありません。
 俳優ならこんな役を一度は演じてみたいと思うのではないでしょうか。

③翻訳文の美しさ
 そして、ストーリーとは関係ありませんが、この翻訳文の美しさがなければ、わたしは本書を再読することはなかったと思います。

 わたしが好きな箇所を以下に引用します。
(藤沢 令夫. ソポクレス オイディプス王 (岩波文庫). 株式会社 岩波書店. Kindle 版.) 

 〇妻、実は母のイオカステの心情を表している個所

イオカステ   テバイ の 国 の 主 だっ た かたがた、 わたくし は、 神 々 の 御社 に 詣でよ う と 思い立ち まし た。 この よう に、 花 綵 つけ た 祈願 の 小枝 と、 香 とを 手 に ささげ 持っ て。 ~中略~  そこで〔 と 祭壇 に 向き直り〕 わたくし は、 この 上 は いくら お 訓 し 申し ても 無益 と 知っ て、 リュケイオス・アポロン さま、 いちばん 近く に おわし ます あなた のみ もと へ、 これら 祈願 の しるし を 手 に もっ て、 お願い の ため に やっ て まいり まし た。〔 ひざまずく〕 なにとぞ わたくし ども の ため に、 この 汚れ を 浄 め、 救わ れる 途 を お 示し ください ます よう に。 この まま では、 わたくし ども は みな、 あの かた が 心 を とり 乱し て いる のを 目 に いたし まし て、 ちょうど 船 の 舵 取る 長 が 怖 れる のを 見る よう に、 ただ お びえおののくばかりでございます。

 〇オイディプスの最後の言葉

オイディプス   ~前略~つぎ に この わし の 身柄 について は、 わし の 生き て いる かぎり、 けっして この 祖国 テバイ の 住民 たら しめる こと なく、 ねがわくは、 わが 名 と共に あまねく 世 に 呼ば れる かの キタイロン の、 山間 ふかく 住まう こと を ゆるし て くれ。 そこ は わが 父母 が 生前、 わし の 墓場 と 決め た もう た ところ。 わし は そこで、 この 身 を 滅ぼそ う とさ れ た お 二人 の 意志 の まま に、 死ん で 行き たい の だ。

今回は、わたし自身の読書記録の意味もあり、あらすじが長くなってしまいました。

最後までお読みいただきありがとうございます。


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