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3.

「それでは、契約の儀を執り行うとしましょうか」長はそう言うと広間の奥の大扉を開けた。そこには直径10mほどの魔法陣が床に刻まれていた。
ディーンは忠告した。「3人とも許容範囲を超えないように注意してくださいね。無理だと思ったら私から離れるように」自分の許容範囲を超えると守護士が崩壊してしまうからだ。
「では、サムからでよろしいですか?」長はディーンにたずねた。ディーンは頷くと魔法陣の中心のサークルに入った。サムもそれに従う。2人はサークルの中で向かい合うとディーンは翼を広げ力を開放し始めた。魔法陣はその影響を極力中に封じ込めて外に出さないように作られている。しかし、ディーンの力はあまりにも強く、魔法陣の外にいてもその力に圧倒されてたじろぐ。一方、サークルの中の2人は、穏やかだった。まるで台風の目の中のように静かな時間が流れていた。
「サム…」そういうとディーンはそっとサムの頬に手を添える。サムもそっとディーンの頬に触れる。
「ディーン様…」そうサムが言うと、すかさず「ディーンって呼んで?」と言われる。顔が近い。唇が触れるか触れないかの距離で2人は囁いていた。
「ディーン…」
「そうそう。これからはそう呼んでね。」ディーンは微笑むとすっと口付けをする。その瞬間サムの中にディーンの力が流れ込む。唇と唇を通して勢いよく流れこむその力をサムは全て飲み込んでいこうと思っていた。ただ、それは無謀なことだった。
『やばぃ…もうダメかもしれない』サムはそう思ったがディーンとの口付けを拒むのは嫌だった。そんなことを思っている間に、限界が近づいてきていた。
ふぅー……とため息をつきながらディーンはサムから離れた。「あれほど注意したのに…。」とディーンは苦笑した。魔法陣の中は静けさを取り戻した。
契約の儀を初めて見たゼフィーとジードは呼吸することすら忘れていた。広間に集まってきていた人々も、また驚愕していた。魔法陣の外にまで影響を及ぼす力を未だかつて見たことがなかったからだ。
息も絶え絶えのサムを長は魔法陣の外に連れ出した。サムは立っているのがやっとだった。
「ゼフィー、お前の番だ。くれぐれも無理はするな」長はそう言ってゼフィーをサークルの中へと促した。
ゼフィーがサークルに入ると、ディーンは先ほどと同じように翼を広げ、その力を開放していく。魔法陣の中は嵐のように開放された力が渦を巻いていた。ただ中心はやはり穏やかだった。ディーンがゼフィーの頬にそっと手を添えると、ゼフィーはその手をとって自分に引き寄せて体を密着させる。「ディーン…」と言ったか言わないかで自ら口付けをした。唇から流れ込むディーンの力。ゼフィーだけの許容量で全てを収めるのは到底無理なことだった。許容量いっぱいに近づいてきた。するとディーンの方から体を離してきた。サムの時と同様に、ゼフィーの限界が近いことが分かったからだ。「キスだけならいつでもできるでしょ?」そう言ってゼフィーに微笑みかけた。
最後はジードの番だ。ゼフィーと入れ替えにサークルに入る。ディーンはまた力を開放していく。守護士2人にその力を肩代わりさせているにも関わらず、その力は衰えない。魔法陣の外の空気さえもその力によって震えるほどだ。ただサークルの中はいたって穏やかなままだった。ディーンはふわりとジードの頬に触れると少し背伸びをした。顔を近づけて「あなたがたのような守護士に会えるなんて、私は恵まれていますね」と微笑んだ。ジードはその言葉を紡ぐ存在が愛おしくて仕方なかった。そしてぎゅっとディーンを抱きしめると、頬から指でなぞり顎に触ると顔を上に向かせて口付けをした。流れ込むディーンの力。体中の体液が沸騰するような感覚に襲われる。
『そろそろかな……』ディーンはそう思ってジードから離れようとした。しかしジードがしっかりと拘束していて押しのけることが出来なかった。ディーンは焦った。このままではジードが危ないからだ。急いで力を収束しないといけないのだが、開放時と違って、守護士と繋がっている状況で力を収束させるのは極めて難しい。しかし、どうにかしないとジードが危なかった。ディーンは精一杯の集中力で自分の放った力を一気に自分という器に押し戻した。魔法陣の中は静けさを取り戻した。と同時にディーンはジードの腕の中で意識を失った。
「ディーン様?!」ジードはうろたえた。まさかディーンが意識を失うとは思ってもみなかったからだ。「ジード、ディーン様をこちらへ」長にそう言われて、ハッと我に返り、長椅子にディーンを抱えて運んだ。サムもゼフィーも心配そうにディーンに駆け寄った。しかし3人以外はさほど心配していない様子だった。「大丈夫ですよ。すぐ気が付かれます。」そう言ったのは金色の髪のシャイドだった。「あまりに力がありすぎて、コントロールするのに精神力が人一倍必要なのですよ。」と銀の瞳のアシアンも苦笑する。「しかしだ、3人とも無茶をするなとあれほど言ったのに、相手がディーン様だから寸前で止められたが、ヘタをすると崩壊するところだったのだぞ!」そう長は3人を諌めた。ジードは罪の意識に苛まれた。自分があの時素直にディーンを手放していれば、こんなにも負荷をかけずに済んだのに…と。
「……んっ…?」シャイドの言う通り、ディーンはすぐに目覚めた。「ディーン様!?申し訳ありません!ディーン様!」ジードはディーンの傍らで酷く落ち込んでいた。「ディーンって呼んで。そう言ったのに」とディーンは微笑んだ。
「さぁ、儀式の仕上げに私から3人に渡すものがあります。」そう言うとディーンは人差し指に集中する。「……。」密やかに呪文を唱えると、指の先から紅い雫が落ちる。それは左手に落ちるとコロコロと転がって、ピアスに変わっていった。三人分のピアスができると、ディーンはそれぞれに渡した。「私の体の一部です。契約の儀を終え、私のものとなった証です。」3人は渡されたピアスを早速つけてみた。ディーンのものになった印。3人は嬉しくもあり誇らしくもあった。
「さて、今回の契約の儀もどうにか終わりました。皆様には御足労いただき、誠にありがとうございました。」長がそう言うと広間に集まっていた人々は、帰り支度を始めた。外は霧雨が降り始めていた。「ディーン様、今日はここにお泊まりになってはいかがでしょうか?お体の具合も気になりますし…。」長はさっきのことを気にしている様子だった。「そうですね…帰るのには少し疲れているので、お言葉に甘えて今日はここに滞在しましょう。シャイドとアシアンは戻って、明日私たちを馬車で迎えに来てくれますか?」2人は怪訝そうに尋ねる。「馬車?ですか?」普段ならこの敷地を出れば瞬間的に自らの宮殿に戻れるのに、『馬車で』ということは、それほどさっきの力の制御に無理があったのかと2人は心配した。それをディーンは察した。「私は大丈夫ですよ。ただ、初めての3人には難しいかと思って。」と微笑んだ。
「わかりました。では、明日の午後にでもお迎えに上がります。」とシャイドは答えると、守護士となった3人にディーンのことをたのんで長の屋敷をあとにした。

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