見出し画像

1.

暗い森が続く。風もないのにざわざわと木々が揺れているようだ。ただ、音はしない。静かな、静かな森のなかの一筋の道を、長であるオーディンにしたがって進んでいく3人。前方が明るくなってきた。長は迷わずその光に向かって歩みを進める。近づくにつれ光は増していき、長がその歩みを止めた頃には、辺は光に照らされて眩いほどだった。そこは、湖か、海か、わからないが、4人は水際に立っていた。光はその水の向こうから発せられているようだ。水の先は、目を細めても光が溢れて見えない。と思っていると、その光の中から舟に乗った人影が近づいてくるのが見えた。顔は見えない。深くフードをかぶっている。水際まで船は近づいてきて泊まった。長は迷わず舟に乗り込むと3人に乗るように促す。ジード、ゼフィー、そしてサムは、促されるままその見たこともない人物が漕ぐ舟に乗った。すぐに舟は水際を音も無く離れ、光の方へと進んでいった。静かだった。舟を漕ぐ音も、水を進む音も聞こえない。
舟がついたのは光に包まれた大きな宮殿のような建物だった。長に続いて3人も舟を降りると階段を上っていく。そこには、二階建ての建物くらいの大きな扉があった。長は迷うことなく白金の輪を掴み2回ほどノックする。すると扉は重そうな音を立てて奥へと開いていく。この空間に入って初めて音が聞こえたような気がする。中には1段高い場所に大きな椅子がある。さながら玉座と言ったところだろうか。プラチナの様に光る椅子。背もたれには幾何学模様の装飾に蒼い石がはめ込まれている。とにかく広いこの空間にひときわ目立つ存在であることには変わりない。扉が開ききって、4人は中に入る。そこには金色の髪と金色の瞳を持ったジードたちより年上だろう人がいた。「すぐ参りますのでしばらくお待ちください」そう長に告げた。
シャラーンっと鈴のような、いやもっと透明感のある音が聞こえた。近づいてくる。シャラーン…右の柱の影から音の主が入ってきた。その主は、水色と桃色と青紫に輝く髪、淡く輝く白い肌、深い青紫の瞳、背中には白に少し薄い水色や桃色の羽が入った翼が生えていた。その存在感に3人は一目でその人に見入ってしまった。長に叱責されて我に返り、3人は慌てて長に習って片膝をついて目を伏せた。シャラーン…音の主は美しい玉座に座った。「ディーン様、お久しゅうございます」そう長が話しかけた。ディーンと呼ばれた玉座に座る人物はそれに答える。「久しぶりですね、長。今日は彼らを連れてきてくれたのですね。」そう言って3人を見た。透き通るような声だった。深い青紫の瞳が3人を見つめている。「契約の儀を前に、1度ディーン様に見ていただきたく参上致しました。」長はそう言うとジード、ゼフィー、サムの順で紹介していった。「3人とも立って顔を良く見せてくれますか?」と玉座に座る人物は言った。3人は困惑した。なぜなら長からはただちょっと謁見するだけだと言われていたからだ。立ち上がって良いものか、長の方をちらっと見ると、長が立ち上がるように促した。3人はドキドキしながら立ち上がるが、目線は下を向いたままだった。ここに来る前に長は目の前にいるディーンと呼ばれたその人について3人に話をしていた。
フェルラート・ゼン・ディーンとは、世界を保つために生まれし存在で、その力は神にあらずして神をも凌ぐと言われているのだそうだ。その存在はこの世界では知らない者はいないだろうが、ほとんどの者はその姿を見たことがない。故におとぎ話のような、または伝説の中の人に近いのだ。恐れ多くも謁見が許されたのだから、失礼の無いように。と。
ディーンは玉座をゆっくりと離れると、3人の前に立つ。「緊張しなくていいですよ」と笑った。「私のことは長から聞いていると思いますが、あまり気にしないでくださいね。私のことは『ディーン』と呼んでください。“様”とか必要ないですよ。」ディーンはそう言って微笑んだ。長はそれを聞いて苦笑した。絶対的な存在であるにも関わらず、その実気さくな人なのだ。
ディーンはサムの前に立つとうつむいた顔をそっと上に向かせる。目と目が合う。「ディーン様?」そうサムが困惑していると、「“様”はいらないから、ディーンって呼んでみて?」と言う。「ディ、ディーン?」サムは恐る恐る言ってみた。「あの…何をしてらっしゃるのでしょうか…?」「目を見ていると、あなたのことがよくわかりますよ。また、あなたにも私を知ってもらいたい」しばらく2人は見つめあっていた。ディーンの放つ雰囲気も彼の深い青紫の瞳も、サムを魅了する。この人のためなら命をかけてもいいかもとまで思わせる。ディーンは微笑するとその手をふわりと離した。ジードもゼフィーもそれを見ていた。というより目が離せないほど釘付けになっていた。
次にディーンはゼフィーの前に立った。やはりゼフィーの頬に手をそえるとじっとその目を見つめた。何かを読み取ろうとしているのか、わからない。ゼフィーもまたサムと同じ心境になっていた。そっとディーンの手に自分の手を重ねる。そしておもむろにディーンの顎に手を添えて上を向かせると口づけをした。驚いたのはディーンではなく周りにいた長やジードやサム、そして金色の髪のシャイドだった。「ぶ、無礼もの!!!」そう言うとシャイドはディーンとゼフィーの間に割って入った。長もゼフィーをつかむとその場に膝をつかせてディーンに謝った。「申し訳ありません!このうつけ者が!」そう言うとゼフィーの頭を上から押さえつけた。「2人とも落ち着いて。ゼフィーは悪くないのだから。」「しかし、ディーン様!」シャイドはディーンの傍らを離れようとしない。「大丈夫だから。長も彼を放してあげてください。」シャイドはしぶしぶディーンの傍らを離れ、長は謝りながら後ろに下がった。口づけは主従関係の契約の証だった。「ゼフィー。ありがとう。忠誠を尽くしてくれる気になったのですね。でも、契約の儀は今日ではないので、もっと熟慮して契約の儀に臨んでくださいね」ディーンはそう言いながらそっとゼフィーの頬に手を添えた。
次にディーンはジードの前に立つ。ディーンはジードを見上げるくらいの身長差があるものの、ふわりとジードの頬に触れると、じっとその目を見つめた。ジードの赤い瞳には少しの恐れと少々の困惑、そしてディーンへの好奇心のような忠誠心が見て取れる。ディーンは嬉しかった。こんなにも純粋で、かつ能力の高い守護士が3人も育っているとは。「長、お立ちください。良き守護士を育てられましたね。」そう言って長を労った。「今回は契約の儀においでになられますか?」長は聞いた。ディーンは微笑んでそれに応じた。
「僕も!僕もあなたの守護士になりたいです!」サムはどうしてもそれが言いたかった。ゼフィーだけアプローチしたのが悔しいのだ。
「サム、守護士がどんなものかわかっているだろう?自分の主を一生かけて守るのだよ。心身ともに一体となってお互いを守り、力をコントロールしなければいけない。軽はずみに主を選んではいけないよ」長は諭した。しかし、サムはディーンと目を合わせた時からもう心は決まっていたのだ。それは、他の2人も同じだった。
「契約の儀まではまだしばらくあるのですから、3人ともよく考えて最良の主を見つけてくださいね」そう言ってディーンは微笑んだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?