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2.

その日はやってきた。朝からそわそわしていたサムに、ゼフィーは落ち着くように言った。契約の儀は夜なのだ。今からせわしなくうろうろされても目障りだ。と。そこに長が入ってきた。「夜はこれを着て出るように。守護士の門出の日はこの制服と決まっている」そう言うと3人に服を与えた。濃い青紫の詰襟の制服。白金の縁取りが美しい。肩から斜め掛けにした布には「主の意志に従い守る」と古い魔法語の護符が白金の糸で刺繍されていた。早速着てみる。何か身が引き締まる感じがする。いっそう緊張感が増してきた。
夕方頃からぽつりぽつりと大広間に人が入ってきた。魔道界、魔界、天界そして神界から新しい守護士を求めて魔道士、悪魔、天使、そして八百万の神々までもが集まってくる。守護士を求めるのは、それぞれの世界でも力のある人々ばかりだ。それゆえ皆は、どれだけ自分が優れていて守護士を必要としているか、どれだけ自分の守護士になるとメリットがあるのかをアピールしようとしている。
「そろそろ時間だ。準備はよいか?」長はそう言うと3人の緊張感は一気に高まった。長の後をジード、ゼフィー、サムと続く。部屋を出ると広間のざわつきが聞こえる。広間に降りる階段まで来ると、その人の多さに気圧されそうになる。人々は4人に気づくと静まり返った。それが合図かのように、長は階段を下り始めた。3人もそれに続く。5段ほど残して長は止まった。
「契約の儀に、ようこそおいでくださいました。早速ですが、新しい守護士を紹介いたします。まずはルーシェ・ダウス・ジード。深い緑の髪に紅い瞳。戦闘能力は過去最高の110…」そう言うと広間はざわつきだした。なぜなら守護士の平均戦闘能力は60くらいだからだ。長は咳払いをすると続けた。
「…防御力は81、守護能力は94、許容量は110」人々は驚愕した。守護士が最も必要とされる能力の「許容量」、つまりは主の能力を肩代わり出来る容量が平均値の90を上回っているからだ。
「次にー。クール・コウン・ゼフィー。深い紫の髪に青紫の瞳。戦闘能力は90、防御力は101、守護能力は104、許容量は116。」広間は静まり返ったままだった。守護士の平均防御力は75、守護能力は83だ。すべての能力がバランスよく平均値を上回っている。
「最後に、サム・レン・フリート。金色に黄緑の影が美しい髪、そして明るい緑の瞳。戦闘能力は80、防御力は98、守護能力は過去最高の121、許容量は117」広間はざわつく。それは否めないことだろう。普通の契約の儀では守護士は1人だ。今回は3人。しかも3人ともに守護士の平均能力を超えている。
「ではしばらくの間、ご歓談を…。」そう言うと長は3人を広間に降りるように促した。3人が広間に降りると人々は群がって来た。3人はその勢いに完全に圧倒されていた。矢継ぎ早に浴びせられる質問。「どんな主が理想なのか」とか「どんな修行をしてその高い能力を身につけたのか」とか、もう誰が何を質問しているのかさえわからないくらいだった。さらには、自分のもとに来てくれれば神界に住むことが出来るとか、いやいや、こちらに来れば生涯何にも不自由させないだとか…。サムは限界だった。
「ゼ、ゼフィー…」サムは隣にいたゼフィーに助けを求めた。ゼフィーはサムの腕をつかむと自分とジードの後ろにかばうように引き寄せた。そしてジードに目配せをする。
「おさがりください。」ジードが一言そういうとあたりは静まり返った。何をするのだろうという好奇心と自分を選んでくれるのではないかという淡い期待感が広間にいる一人ひとりにあったに違いない。
「私たちは3人とも、もう主を選んでいます。」その一言で広間に集まった人々の期待は高まっていた。誰なんだ?その選ばれた3人は。そんなざわつきの中、大広間の中央扉がゆっくりと開き始めた。するとほのかに光る人影が入ってきた。扉のすぐそばにいた人から徐々に静けさが広がってゆく。そして、サムとゼフィーとジードの3人にも、その静けさの波は押し寄せた。
誰?そう誰かが囁いた。ディーン様だ!フェルラート・ゼン・ディーン様だ!そう囁く声は徐々に広がって行く。とともに、ディーンの前は人が左右に分かれて道ができている。それは一直線にサムとゼフィーとジードまで続いていた。
「ディーン様…」ジードはホッとした。なぜならディーンは今まで守護士の契約の儀に来たことがなかったし、さっき2階から見下ろした時にいないことは確認していたからだ。
ディーンは金色の髪のシャイドと、真っ青な髪で銀の瞳のアシアンを引き連れて人波が分かれて出来た道をまっすぐにサム達の方に向かってきた。
「遅くなりました。」3人の前に来るとそう言ってにっこりと笑った。
「ようこそおいでくださいました、ディーン様」長はそういうとディーンの前で肩膝をつく。ディーンはそっと長の肩に手を置き「お立ちください。今日は契約の儀。私に遠慮をしてはいけません。」そう言って長に立つように促した。
「さてと、皆様とはお話できましたか?これが最後の機会ですよ。」ディーンはサムとゼフィーとジードの3人に問うた。すると長が「3人とももう決めていると申しまして…」とディーンに説明した。
「僕はもうディーン様の守護士になると決めたんです!」サムは意を決しそう言った。「私もです」とゼフィーとジードもあとに続く。広間はざわざわとなる。守護士は数が少ない、故に守護士を持てるものは極少数なのだ。であるのに1人に3人の守護士がつくなんて、前代未聞だった。だが、不平不満の声は聞こえてこない。それはそれだけフェルラート・ゼン・ディーンの力が強いことが周知だからだ。その能力故に3人守護士がいても不思議ではないとみんなが感じていた。
ディーンは嬉しかったが、ちょっと困った顔を長に向ける。「これでいいのでしょうか?」
「守護士の決断は他の者にはどうにもできませんから」長はそういうとディーンに微笑んだ。

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