かつてメキシコには物凄いマズい飴玉があった
18歳の春、高校卒業後すぐにメキシコにあるプロレスラー養成学校
闘龍門MEXICO
に入学した私。そこでの食べ物、オヤツにまつわる思い出話です
メキシコの寮でのある日。何の前触れもなく、先輩が私の部屋にやってきて
「佐野君、お菓子をあげよう」
と言って、両手にいっぱい持ったお菓子をどどっと手渡してくれた。ちょうど小腹が空いていたし、お菓子は大好きなので遠慮なくいただいた。
しかし私は忘れていたのだ…ここがメキシコと言う国だという事を。ここメキシコでは日本での常識や普通などというものは、いとも容易く崩れ壊れプランチャスイシーダされてしまうという事を。
頂いたお菓子はカップケーキ(チョコ味とバター味)にポテトチップス。トルティーヤにガム、グミ(ハリボーはメキシコでも一般的なお菓子だった)、そして幾つかの飴玉。特にこのカップケーキは甘かった。ひとつ食べ終わる前に舌が痺れるか虫歯が出来るかというぐらいの、とんでもない甘さ。いやあ参った。
で、今度は飴玉の包みを一つ開けて口に放り込んだ。飴玉はマンゴー味であった。甘い。においが甘い。嗅覚と味覚がいっぺんにバカになるぐらい甘かった。しかもマズい。何かわからないが、猛烈な甘さの中に明らかに不快な刺激がある。添加物か、甘味料か、なんだろうこれ…甘ったるいコンクリートを舐めているような感じだ。
やがてその不快感は、舌に直接突き刺さる無数のトゲに変わった。
辛い。
辛い辛い辛い辛い!!!!!
なんだこれは!飴玉がこんなに辛いことあるか!?
甘いマズイ辛い甘いマズイ辛いマズイ甘いマズイマズイマズイ!
生まれてこの方、未だにあれよりマズくて辛い飴玉を舐めたことがない。いったいなんなんだ、とごみ箱に捨てた飴玉の包み紙を拾い上げて、そこに書かれているイラストを見て絶句した。
黄色いマンゴーの横に、真っ赤なハバネロが添えられていたのだ。はあっ!?と思って飴玉を口から取り出して、目の前にかざしてみた。
濃い黄色をした飴玉の中に、ぎっしりと赤い斑点が見えている。つまり黄色いのがマンゴーで、この赤い粒々って……。
飴玉にハバネロ仕込む奴があるか!メキシコ人のバキャアアアア!
その日の夕食のとき、お菓子をくれた先輩にそれとなく聞いてみた。
「ああ、佐野君あの飴玉食べたの!すごいなあー。あれ、あんまりマズいんでメキシコ人でも滅多に食べないんだってさ」
そんな飴玉を寄越すなああああああああああああああ…後にも先にも、飴玉で口の中が爛れたのはあれっきりです。
そういえば、あの飴玉、ホントにアレ以降ちっとも見かけなかった。先輩が言うには、寮の近くにある教会の門前に出てる売店で売ってたらしいんだけどね。スーパーや市場の雑貨屋には置いてなかったから、案外本当に敬遠されているのかも。いやまてよ、もしかするとあの教会の前の売店でだけ毎週日曜のミサの後に件の飴玉を発売開始から38年間買い続けているスパイシーじじい、なんて人がいるのかもしれない。居たとして、毎週ミサの後にその飴玉を孫や息子にあげてるけど、ちっとも喜ばれなかったりするんだろうか。
もう一度、食べてみたくもあるような、ないような……。
この飴はホントまずくって、後にも先にもあんなまずいお菓子は無かったぐらい。
飴玉をくれたのは堀口ひろみ先輩でした。
私がメキシコに居た短い間、相当お世話になった先輩のうちの一人でした。プロレスラーらしからぬ理知的で物静かな人(実は私の先輩方はそういう感じの人が多かった)で、中でも校長不在のあいだ実務を取り仕切ることもありました。でも、ナイトクラブで飲んでたらお勘定が足りなくなり、いったん手に持ってたデジカメを証文がわりに店に預け、お金を取りに帰ったというエピソードもある破天荒な一面も持ち合わせる人でした。
そういえば堀口さんと一緒にコンビニに向かっているとき(よくアイス食いたいときとか、佐野君コンビニ行こう、と誘ってくれました)に
「君らが来るちょっと前にね、ここで銃撃戦があったんだよ」
「ええええー!?」
「オレ、ここに停まってた車の影に隠れてさ。ほら、この壁に穴あいてるだろ?」
「あ、ホントですね」
「そこに弾が当たったんだよねー。これ、銃痕」
なんてな話をしたこともあったっけ。寮のある通りから一本向こうの通りで、だぜ?どんなとこだよって思ったな。
その他にもヒマになるとギターを弾いたり、高熱があるのに抹茶アイスが食べたいといって聞かないので一緒にメガマートのフードコートに行ったら案の定抹茶アイスなんか売ってなくて、代わりにと1リットルのアイスをご馳走してくれたり(大学ノート縦にしたぐらいの大きさのカップだった)思い出深い先輩です。
堀口ひろみ先輩、お元気ですか?
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