グッバイラバー
さよならをした。
恋人だった彼と。
───
さよならは、私からだった。
私が、器が小さすぎる上に薄情。
心がキャパオーバーした。
1ヶ月ほど頭を抱え、
もう共には居られないと思った。
1週間前にこの内容の連絡をして、
今日、改めてこちらの家で会って話した。
───
彼とは会う度、
くだらない会話で大きく口を開け、
手を叩いて2人でケラケラ笑っていた。
いろんな喫茶店に行った。
行きつけの喫茶店まで出来た。
同じタイミングで風邪をひいた。
2人ともゼェゼェだった。
ド定番の水族館や動物園も行った。
どちらも暑い夏の日だった。
出掛けるはずの日に準備が面倒になり、
1日ゴロゴロする日に変更したりもした。
何度も、好きな音楽を共有し合った。
バンドのライブにもよく一緒に行った。
彼のギターと私のベースで、
好きなバンドのコピーもした。下手だった。
泊まりの日は必ず、
一緒に買い物をして一緒に夜ご飯を作った。
毎回、洗い物は泊めてもらう側がした。
こんなに素敵な毎日だったけれど、
私はさよならを選んだ。
今回、さよならをしたのは、
「個性の否定」の積み重ねに、
心が疲弊しきったからだった。
───
いつだって笑っていた。
くだらない話で。
今日も会ってすぐの時は軽い雰囲気で、
2人とも笑顔だった。
あの生活を共にした彼だからだ。
「まあ、○年も経てば気持ちも変わるよね」
私からの好意が無かったこの1ヶ月間も、
私からさよならの連絡が来た瞬間も、
まだ好きだったと、彼は伝えてくれた。
恋人という関係ではなくなるけれど、
縁を切る、というさよならではなかった。
同じ音楽好きの友達として、
改めてよろしくと、2人で話した。
───
ひと通りさよならの話をし、
その後は今までと変わらないような
くだらない会話をしていた。
30分くらい会話をした頃だっただろうか。
会話に沈黙が生まれた時、彼が私に背を向けた。
「上手く立ち回れなくて、ごめんね。」
沈黙の後、小さな声で彼が言う。
背は向けたままだった。
あの時、きっと彼は涙を流していた。
私は、何も言えなかった。
私の器の小ささと薄情さが悪いのに、
そのせいで、彼に謝る必要が無いとも思えず、
「謝らなくていいよ。」と言えなかった。
背を向ける彼の傍でただ、何も言わず、
時が過ぎるのを待つことしか出来なかった。
───
「夜ご飯食べていきたい、買い物行こう。」
沈黙から5分ほど経ち、
フゥと息を吐いて彼が言った。
今までの泊まりの時と同じ口調だった。
互いに少し笑顔を取り戻してから、
一緒にスーパーへ買い出しに行った。
それからは、
あの沈黙が嘘だったかのように、
ケラケラ笑い合いながら夜ご飯を作った。
───
食後、彼が食器を洗ってくれた。
少し疲れたのか、彼はベッドに横になる。
私はその横のスツールに立膝で座る。
私は1日中ずっとiPhoneで音楽を流していた。
これも今までの2人の生活と同じ。
毎回どちらかが、しれっと音楽を流す。
「これはネバヤンの曲?」と彼。
「違う、MONO NO AWARE。」と私。
iPhoneから流れる曲について話していた。
yahyelの曲に2人で聴き入って、
次にHAPPYの曲を聴いていた時だった。
彼が寝た。
別れ話をしに来た日に人のベッドで寝るかね。
こんな日でも、いつも通り呑気なのが
私たち2人ならではだなぁと思った。
HAPPYの曲、落ち着くもんな。
そう思い、起こさないようにした。
好きだった彼の寝顔。
さよならしちゃったな。と少し考えるも、
やっぱり恋人に戻りたいとは思わなかった。
───
1時間程して、彼が起きた。
自分が寝た事に驚き、飛び起きていた。
驚きながら暑そうにする彼を、
笑いながら下敷きで扇ぐ。
暑さも落ち着いたところで、
彼の荷物を一緒にまとめた。
───
靴を履き、帰る準備が完了した彼を
ドアの前から見送る。
「ありがとう。」を交わし、
部屋を出た彼が、長い廊下を歩く。
階段に差し掛かる直前、
彼は足を止めて、少しこちらを振り返る。
そうする気がして、
ドアは閉じないようにしていた。
互いにもう一度、笑顔で手を振った。
彼は、少し大きめに手を振った。
───
手を振りながら、彼は階段を降りた。
彼の姿が見えなくなった後、
階段への曲がり角から目が離せず、
少しの間、ドアの前で立ち尽くした。
さよならは、私からだった。
なのに、涙が出たのは何故だろうか。
「なんで。」と、
呆れ笑いと共に独り言を吐いた。