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アスタラビスタ 8話 part8

「はじめまして。紅羽さん」
 一つに束ねた髪は片側に寄せ、耳にはシルバーと赤いピアスをしている。優しい目でこちらを見る姿は神々しく、何か大きな力を感じた。
 なんて美しい人なのだろう。私は彼から目を離すことができなかった。
「憑依能力者組織へようこそ。私はこの組織を統括している、憑依者No.1の岸浦です。よろしく」

 私は大きな勘違いをしていた。組織のトップというから、てっきり年配の人間かと思っていた。雅臣より年上ではあるだろうが、同世代であることに違いなさそうだ。そして彼はものすごく穏やかで優しそうだった。その微笑みは、まるで仏とも神とも言える慈悲であふれていた。
「そちらにいるのが、私の身体提供者の雪音です」
 そう言われ、先ほどの金髪の女性へと目を向けた。彼女は私に向かって頭を下げた。表情は乏しいが、それがより一層彼女の容姿の美しさを引き立てていた。高嶺の存在すぎて、私のような普通の人間は生きている限り関わることのない部類の女性だ。
「木村紅羽です。この度は大変ご迷惑を……」
 とりあえず謝った。No.6に憑依された件のことだ。私は被害者だったが、少なからず彼ら組織に迷惑をかけていたはずだから。形としてだけでも謝ろうと思った。岸浦に会ったことで、そういった気持ちが湧いてきたのだ。
「いいんだよ。気にしないで。今回のことは組織の不始末だ。信用できない行為をする人間にナンバーを与えていた俺に非がある。怖い思いをさせたね」
「いえ、そんな……」
 緊張が一気にほぐれた。彼は優しい。理想的な指導者だ。
「今日は確認したいと思って君を呼んだんだ。とりあえず座って」
 彼の向かいにあるソファーに座ると、雅臣は私の斜め後ろに仁王立ちした。雅臣は座ろうとしなかった。なぜ座ろうとしないのだろうと疑問に思ったが、目の前に上司がいる状態で座れるはずもないのだなと理解した。
「随分時間が経ったのに、呼び出して申し訳なかったね。雅臣に今回の件で報告書を作ってもらってたんだけど、それを見るのに時間がかかってしまったんだ。許しておくれ」
 私は深く頷いた。
「君に聞きたかったのは、No.6に憑依された時のことだ」
 憑依されたことについて聞かれる覚悟はしていた。包み隠さず、全てを話すつもりでいた。
「君は自宅にいたんだね?」
「はい。大学から帰宅して仮眠を取っていました。その、抗不安薬を飲んでいて……睡眠導入の作用もあるものでした」
 彼の表情は優しい笑みを浮かべたまま、変わることはなかった。精神の薬を飲んでいると聞いても、それに嫌な顔ひとつすることなく、受け入れるように何度も頷いてくれた。
「気がついたら、雅臣の部屋のあるマンションにいたんだね」
「い、言いにくいことなんですが……」
 私は彼の優しさに、少々誤解を招くようなことを言った。
「圭さんを襲った時、私は明確に殺したいという意思がありました」
 彼の表情が少し変わった。細めていた目が、少し大きく開かれた。私は大丈夫だと思ったが、雅臣はまずいと感じたらしい。すかさず口を挟んだ。
「No.6の意識が、彼女の意識を掌握したんだと思います。だから彼女は自分の意志と感じたのではないかと」
「俺も雅臣に同感だよ。紅羽さんは圭や雅臣とは、その時初対面で会ったこともなかったんだよね?」
 私は「そうです」と答え、頷いた。
「紅羽さんはNo.6の『器』として使われたんだ。彼は特定の身体提供者を持たない、新しい試みの憑依者だった。けれどその、誰にでも器用に憑依できる性質が裏目に出て、一般人の君に憑依した。大丈夫。君は何も悪くない」
 よかった。信じてもらえた。私は肩の力を抜いて、彼に「ありがとうございます」と礼を言った。
「言いにくいことだったと思うけど、よく言ってくれたね」
 岸浦はソファーの背もたれに上半身を仰け反らせ、大きく笑った。


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