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アスタラビスタ 8話 part5


「佐々木、清水がよろしくって言ってたぞ」
 雅臣が清水の言葉を伝えると、彼は呆れたように笑った。
「直接言えって伝えろ。誰のお陰で身体提供者になれたと思ってるんだ」
 雅臣の近くに来た男は、雅臣よりも背が高かった。スリムな体型だったので、遠目ではそこまで大きく見えなかったが、近づいてきた男は思った以上に大きく、私は首が痛くなるほど見上げた。
「俺は伝書鳩か」
 雅臣は眉間に皺を寄せて、男に不満の表情を向けた。
  佐々木と呼ばれていた男は、すかさず私へと近づいてきて、「君が紅羽ちゃんだね」と声をかけてきた。そして尋ねてもいないのに自己紹介を始めた。
「俺は佐々木。清水の高校時代の同級生で、憑依者No.3の身体提供者だ。よろしく」
 握手を求められ、私は一礼してからその手を握った。私も自己紹介しようとしたが、佐々木は続けて話し始めた。
「雅臣。ここに連れて来たってことは、組織のことは大方説明してあるってことだよな?」
「そうだ。ある程度話してあるから大丈夫だ」
  「それならいいんだ」と雅臣に返答する彼は、握手する力が異常に強かった。私は目を見開いて、彼の手から逃れようとしたが、びくともしない。洗礼として、わざとかとも思ったが、雅臣と話す様子を見ると、どうやら悪気はないらしい。
  人差し指の骨と小指の骨が、肉を削がれてくっつくのでないかと思うほどの痛みだ。
 私の異変に気がついた雅臣は、慌てて私の手から佐々木の手を引き剥がした。
「何我慢してんだよ。痛いなら痛いって言え」
 握手しているというのに、そんなこと言えるはずがない。私は解放された右手をさすり、問題なく指が動くかどうか確かめた。
「おっと!ごめんね!」
 明るく謝る彼を見て、私は彼が本能的に危ない人物だと感じた。なんだろう。外面は優しく、内面は腹黒さを感じる、清水と同じ匂いがした。
 私の手を強く握っていた佐々木を睨みつけながら、雅臣が説明した。
「高校を卒業してフリーターだった清水を身体提供者に誘って、組織に入れたのが佐々木なんだ」
 意外な清水の過去に驚いた。
「身につけた武術を使える仕事に就きたいとは言っていたが、警察官とはまた違ったらしくて、ふらふらしててな。俺がこの世界に連れ込んだんだ。そしたらめきめき強くなって、今じゃあっという間に抜かれたよ」
 清水が普通の仕事をしている姿を想像できなかった私は、宙に目を泳がせながら清水の働く姿を浮かべた。だが浮かんでくるのは、先日晃たちと手合わせをした時の、不適に笑みを浮かべる姿だけだった。
「俺たち憑依者組織の身体提供者の中で、清水は組織の二番手に入る。それくらい、アイツは強いんだよ」
 説明する雅臣は、少しだけ誇らしそうだった。
 清水はそこまで強かったのか。そんな清水に、私は身体提供者に誘われたのか。誇って良いことなのかもしれないが、強い人間に目をつけられたことが少し怖い。
「だけどな、雅臣たちのペアは憑依者組織の中で5番手だ。清水は2番手なのにだ。なぜだと思う?」
 佐々木は少し笑みを浮かべて、私を見た。
「雅臣がすごく弱いからだよ。2番手である清水のアドバンテージを潰すほど、こいつは弱い」
 浮かべていた私の笑みが、目の前の出会って間もない男の言葉で、完全に消失した。自分の頬の筋が引き攣るのを感じた。
「正論すぎて言い返せねぇや」
 雅臣を笑った。面白がるように。
 どうしてだ?
 雅臣は今、明らかに馬鹿にされたのに、いつも浮かべない、はにかんだ表情をしていた。
 相手を貶すようなことを言った佐々木にも、そんな態度をとった雅臣にも腹が立った。
 雅臣に助けてもらい、僅かだが一緒に過ごしてきた私には分かる。彼がもし、憑依者の世界で実力がなかったとしても、彼にはそれを補えるほどの人望と裁量がある。
「あれ? それ、雅臣が拾った奴? 弁慶みたいな脳筋女?」
 声がした。佐々木の出てきた扉から、小型ゲーム機を手にした、私と身長が同じくらいの背の低い青年が出てきた。

和之

 顔立ちは幼く、髪は霞んだ青色をしていた。
「おい! 失礼だぞ! 女の子に向かって!」
 扉から出てきた彼を、再び部屋へと押し込めようとしながら、佐々木が慌てて言った。
「コイツは俺の憑依者の和之だ。こう見えて憑依者No.3だ」
 彼は悪びれる様子もなく、私を観察するように見ている。ゲーム機からは愉快なBGMが聞こえていた。
「想像より女の子っぽかったけど、頭悪そう」
 彼に真正面から言われ、頭が真っ白になった。そんなことを真っ向から言われたことなどなかった。皆、私のことをそう思っていたのかもしれないが、面と向かって言われたことは今までなかったのだ。
「誰だってお前と比べたら頭も悪いさ」
  雅臣が馬鹿にするように鼻で笑い、彼に言うとイラついたような顔で 「雅臣……」と呟いて、こちらを睨んできた。
「お前は早く清水を解放してやれよ。いつまで弱いお前に縛り付けておくんだ」
 清水の足を雅臣が引っ張っているという話を事前に佐々木から聞いていた私は、先程の言葉も相まって、怒りで頭の血管が膨張するような気がした。
  しかし雅臣は小声で「あいつ、ものすごく頭がいいんだよ。野生的に頭のいい圭とは、また違ってな」と私に教えてきた。雅臣自身は自分の言われたことを全く気にしていないらしい。
「お前は人のことが言えるのか!? 少しくらい外に出ろ! 何日部屋に篭ってるんだ! このままじゃ頭にキノコが生えるぞ!」
 佐々木は和之の首根っこを掴むと「悪かったな」と言って部屋の扉を開けた。
「こいつのキノコはなんとかしたいが、こいつを君たちの前に置いておくと失礼なことを言い続けそうだから、一旦部屋に戻すよ。もう少しだけ菌栽培しておく」
 そう言って佐々木は和之を連れて部屋の中へと入っていった。
「美味いキノコがとれるといいな」
 雅臣は小声で彼らの背中に呟いた。


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