4-1_ヘッダー

アスタラビスタ 4話 part1

「よし、紅羽。準備はいいか?」

 面をつけて立ち上がり、薙刀を持つと、私は十二メートル四方のコートに足を踏み入れた。まだ動悸がしている。苦しい。面をつけた視界は狭くなり、顔を守っている面金はまるで牢屋の鉄格子のように見えた。

 コートには先に雅臣が準備をして待っていた。防具を付けた長身の彼は、やはり迫力がある。薙刀を本格的にやっていた現役時代の頃、私は何度か男子と手合せや試合をしたことがあった。その頃は普通に勝つこともできていた。だが、それは成長途中の少年が相手で、成人男性が相手の今の状況とは違う。

 戦えるのか。こんな身体で。こんな、自分よりも大きい相手に。

「ルールの確認をしておこう」

 そう答えた雅臣は、薙刀の石突を床に置いた。

「紅羽の体調を考えて、手合せは二分で行う。成人のみの突き技は、紅羽も習得していないだろうから、有効部位からは外す。一本先取で試合終了だ。それでいいか?」

「大丈夫です」

 二分間の手合せ。中学時代は三分で試合をし、二本先取だった。だがこの体力と体調。一本先取で試合が終わるとはいえ、二分もの間、動くことができるのだろうか。

「審判は清水にやってもらう」

 壁に寄りかかったまま、清水は手をひらひらと振った。本来なら、試合の審判は選手とともにコート内に入って、技の一つ一つを見逃さぬよう、移動しながら判定をしていくのだが、どうやら今回はそう堅いものではなく、清水も審判というより、ただ「第三者の目」になるだけなのだろう。

 技が入ったか入らないか。正直、やっている本人たちの方がよく分かっている時もある。綺麗に自分に当たれば、「あぁ、今の技は入れられてしまった」と分かる。

「頑張れよー! 紅羽!」

 清水の隣で目を輝かせてこちらを見ている圭は、これから始まる、未知の武道に胸を躍らせているようだった。

「じゃ、始めるぞ」

 私は自分を変えたい。けれど私の心臓は言うことを聞かない。未だに動悸という症状で私に激しく反抗してくる。

 薙刀を中段に構え、いつでも手合わせを初めれられる体勢に入る。目を見開いていた雅臣は、にやりと笑みを浮かべ、彼も中段に構えた。いつも無表情である彼が、これほどまでに、やる気と好奇心に満ちた顔をするなんて思ってもいなかった。

 準備ができた私たちを確認して、清水は「はじめ!」と声をあげた。薙刀を持つのも手合わせをするのも6年ぶりなのに、身体はまるで昨日のことのように手合わせの雰囲気をつかむ。肩の辺りがザワザワしているのが分かる。緊張からなのか。それとも身体に力が入っているからなのか。様々な雑念や不安が浮かんできたが、それらを振り払い、私は雅臣へと集中した。

 私はすぐに分かった。彼は武道を一通り学んできたと言っていたが、きっとそれは体験や上辺の触りのみではない。彼の薙刀の構えは、左肩から右肩が完全に隠れて見えないほど、完璧な半身の構えだった。それは触りのみで体験して習得できるものではない。

 おそらく、彼は相当武道をやり込んできたのだろう。薙刀というマイナーな武道を、ここまで完璧に習得できたということは、彼は多くの武道の深層まで勉強し、稽古をしてきたのだろう。

 心の奥底で、小さな熱い塊が現れたのが分かった。負けたくない。私は武道で薙刀しか知らない。薙刀だけをやっていた。

 負けたくないのだ。例え相手が男の人でも、身長が自分より遥かに高くても、私は過去の自分の強さに泥を塗るようなことはしたくない。

 過去、薙刀だけしか誇れるものはなく、ひたすら強さを求めていた私に、こんなところで負けるなんていう未来は与えたくないのだ。

 両手で薙刀を持ち、床と並行に構えた中段の状態から、右手で薙刀を自分の足元へと強く突き放す。それと同時に、左手は薙刀を上へと押し上げる。身体の中心、胸の間を軸として、薙刀が身体の正面で回転する。切先が自分の横顔数センチを通り過ぎようとしたその瞬間に、裸足の指すべてで板張りの床をつかみ、重心を前にして飛び込む。右手は耳の横で薙刀をつかみ、左手は半身の腰を薙刀の柄で守る。これは八相の構えといい、最も応用の効く構えだ。この構えから側面や脛を繰り出す。

 私は彼の側面を狙った。だが彼はすぐさま反応し、首を傾けて私の技を避けた。


 「おぉ!」と道場の隅から、清水と圭の感心する声が聞こえた。でも、そんなんじゃなかった。明らかに側面へと打ち込む私のスピードが遅かった。歓声をあげられるようなものじゃなかった。

「おぉ、すげぇスピード……」

 私の側面をかわした雅臣は、面の向こうからギラギラと目を光らせて笑っていた。

 私はもう一度体勢を立て直す。彼がどこを狙って来ても対処できるよう、中段に戻り、間合いを取る。

 正直、私は彼の言っていた憑依者組織というものがどういうものなのか、まったく分からない。彼らがどのように活動し、どのような強さを持っているかも知らない。

 だが、彼を見れば分かる。雅臣を見れば、その組織がどんなものなのか、私でも分かる。

 普段は無口で無表情。だが一度スイッチが入ると、止めることはできない。

 仮面が外れれば、私と同じ、凶暴な野獣だ。



※以降に文章はありません。投げ銭での応援、とても励みになります!次回も雅臣と紅羽の白熱勝負!勝のはどっちだ!?ぜひ!お楽しみにー!

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