映画日記#4 『ファースト・カウ』(ケリー・ライカート監督、2019年)

アメリカ・インディーズ界の至宝とまで言われているらしい、ケリー・ライカート監督『ファースト・カウ』。ややネタバレあり。

なんで日本公開まで4年もかかったのかしら?と思わなくもないが。

この映画の二人の主人公、クッキーとキング・ルーの関係性は私が最も憧れているタイプのものだった。ホモソーシャル的な関係ではない、ブロマンスとかそういうのとも違う、しかし”その相手しかいない”というような。女性同士の連帯を表すシスターフッドとも対応しないかもしれない。強いていえば、「相方」とか「パートナー」としか言えないような、名前のない関係。

毛皮とりの猟師グループで料理人を担っていたクッキーは、マッチョな性質の他のメンバーにこき使われる。料理という仕事も、温厚な性格も、明らかにアンチ・マチズモの意図があって造形されている。彼を演じるジョン・マガロの表情や目線も、猟師たちの社会では「軟弱」とか「臆病」とされるようなものだろう。キング・ルーの家に初めて訪れたときには掃除をするし、花をとってきて飾ったりもする。素敵。

一方キング・ルーは中国からの移民である。森で食料を採集していたクッキーの前に全裸で現れ、クッキーにネイティブ・アメリカンと間違われる。何かいざこざを起こしたのか、ロシア人の一団に追われているらしいのだが、いずれにせよ人種的マイノリティとして設定されている。

それを象徴するのが、酒場での男たちの喧嘩シーン。クッキーは隣の男に赤ん坊を預けられ、キング・ルーも喧嘩に参加しない。普通そんなことないだろうと思うが、酒場に残るのは彼ら二人だけなのだ。店主すら逃げ出すのに。要するにこの二人だけが男社会とは異なる在り方をしているということ。

しかし、二人は内面において大きく異なる。クッキーに比べキング・ルーは野心的で、金持ちの牛から牛乳を盗むのを提案し半ば強引にクッキーを連れていくのもキング・ルーだし、クッキーはずっと消極的なのにキング・ルーは「もう少しだ」と言って続けようとするし、なのにキング・ルーは搾乳中問答無用で監視役だし、という危うさ、胡散臭さがある。

映画はクッキーの視点で展開される上に観客はどうしてもメタ的な視点で見てしまうからやや不安になったりもするのだが、最後に訪れる瞬間で全てを悟る。キング・ルーが躊躇いがちに横たわった瞬間、観客は、映画には描かれていないがこの後訪れるであろう展開をすべて容易に想像され、二人の関係は聖性すら帯びる。

気になるのは、暗闇の多用である。暗いシーンがあまりに多く、映画としては見づらいショットが続くのだがそこはケリー・ライカート、おそらく何か意図あってのことと思うがそれがわからない。

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