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好きな本紹介〜山口文憲『香港世界』

難民というかたちでとめどなく流入しつづけた中国人が、中国と英国のふたつの国家の死角をついて、あれよあれよというまにつくりだしてしまったのが、この都市、香港である。(中略)
そういう連中が牛耳っている都市がおもしろいところでないわけがなく、また香港はそのことによってだけおもしろい。
山口文憲『香港世界』

『香港世界』は、返還前の香港がまるでそこにあるかのように感じさせてくれる「路上」エッセイ集です。
旅行エッセイでないところが肝で、著者が現地住民と同じ環境に暮らしながら書いたものだけに、地に足がついた「生活」を感じさせてくれます。
1984年刊行の少し古い本ではありますが、2021年に河出文庫版が出た際に初めて読んでかなりハマりました。

活気溢れる街市(マーケット)と雑多に乱立する酒楼や屋台

横転寸前で疾駆する英式二階建バスと香港/九龍をつなぐ天星小輪(スター・フェリー)

飛び交う広東語と英語、パジャマ姿で夜街を闊歩する人々

エネルギッシュでいてどこかさっぱりとした風俗習慣や死生観

読みやすい文章で繰り出される現地習俗や街の有り様は、同じアジアの都市とは思えない、本当の意味での「外国」へ読者を引きずり込んでいきます。

どの話も面白く読んでいましたが個人的に特にツボだったのは、香港の婚礼習俗について書かれた「花嫁の家」、観客が状況に応じて様々なアイヤーッを使い分ける映画館の文化を書いた「電影」でしょうか。
どちらも当時の香港の人々が活き活きと描かれていてすごく好きでした。


河出文庫版あとがきで著者は、もともと「いま」だけがある都市だった香港の人々が昨今の事情のなかで初めて「記憶」の力に気づきそこにたてこもった、と現在の香港の状況にも触れています。
本書もまた、(外国人からの視点ではあっても)その「香港の記憶」を封じ込めたタイムカプセルのような本です。

漂着した椰子の実が名も知らぬ島への想いをかき立てるように、本書は時間と距離を超えて「香港世界」という異国を想わせてくれます。


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