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ずっちがボタンを呑んだこと

ずっちがまだこの部屋に閉じ込められていた頃のことです。

真冬で、電気ストーブをつけていました。

ローラ・アシュレイの厚手のカーディガンを着てストーブにあたっていました。両足を投げ出していたところ、普段は膝に乗らないずっちが珍しく乗ってきたのです。縦になって太腿の隙間に嵌りこんだので、わたしは長くなったずっちの身体をぞんぶんに撫でていました。

ずっちはカーディガンのプラスティックのボタンにじゃれていました。自分の膝の上で、夢中になって大きなボタンをがしがしするずっちをひたすら微笑ましく思いました。膝に乗らない猫なんて、猫じゃない‥‥‥斯くあるべし。ストーブが似合う、そんな穏やかな冬の午後でした。

ボタンがなくなっているのに気づいた時も、すぐには事態が呑みこめませんでした。今しがたまでずっちががしがしと戯れていたのは、消えたボタンそのものではなかったか? 胸騒ぎを打ち消そうとするものの、いや、それしかないだろうという打ち消しようのない状況が迫ってきます。どこかにボタンが落ちていないか探しました。それからずっちをケージに押し込めて動物病院へ急ぎました。

病院はとても混み合っていました。院長の怒声が聞こえるなか、受付の院長の妻はいつにも増して疲れきっていて、開腹手術をしてボタンを取り出すか否かだと繰り返しました。わたしはどうしてよいかわからず、様子を見ることにしてすごすごと帰ってきたのでした。

2.5㎝の平たいボタンが腸を塞ぐことなく無事に排泄されることを祈りながら毎日を過ごしました。何日も経って、一週間か十日か、ほんとうはそんなに経っていなかったのでしょうか。便の中にプラスティックのボタンを見つけました。

ふたたび動物病院に行ってボタンを見せましたら、2.5㎝のボタンが出てきた例は報告したいのでボタンをくださいと言われて渡しました。

ずっちはあの時、一度目の命拾いをしたのですね。

(キャプション : ネズミのおもちゃを咥えるずっち)



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