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「ずっちのこと」のそれから


1996年春、ベランダの金網の端を開けて、ずっちの出入りを自由にしました。

『世界文学大事典』の編集の仕事が終わり、『ハーレクイン・ロマンス』の編プロに移った頃でした。訳文を読んで、少しぎこちない箇所を原書に当たって手直ししたり、邦題を考えたりする仕事でした。

毎晩八時半には帰宅していたと思います。最後から二つめの角を曲がり、少し坂を下ると、最後の曲がり角にずっちが胸を張って座っていました。

あの頃はそんなふうに、わたしを待っていてくれました。

わたしの姿を認めるなり、ずっちはにゃーと鳴いて腰を上げ、長い尻尾をゆらゆらさせながら近づいてきました。一緒に家まで歩き、並んで階段をのぼって部屋に帰りました。ご飯を与えてから、ずっちの身体を点検し、鉄櫛で毛を梳いてやりました。草の実がびっしり付いてきましたね。頭の後ろに鼻を埋めると、乾いた砂の匂いがして、いつもの野原に潜んでいたのだなと思いました。ずっちはそのまま少し眠り、また出かけて行きました。

ずっちはわたしの布団には入りませんでした。引っ越しの時にずっちのために購入した、北欧天然木の階段家具の天辺にしつらえた段ボールのベッドに入って眠りました。ずっちが階段家具をのぼって段ボールに入ったら、わたしは決して覗かないようにしました。

明け方にトントンと階段家具を下りてくる音が聞こえました。わたしはすぐに起きてベランダの窓ガラスを開けてやりました。それから出勤時間までうとうとしました。ずっちが戻ってきてくれることを願っていると、金網をくぐってずっちが戻ってきました。缶詰の朝ご飯を食べ、また散歩に出ていきます。出勤時間までに戻らない時もありました。そんな時はカリカリを小皿に入れて飲み水と並べ、窓ガラスを10㎝ほど開けたままにして出かけました。カリカリがなくなっていることもあれば、少しも減っていないこともありました。

いつでもずっちが一番でした。それはどんな時も変わりませんでした。だから、ずっちがすっかり「自分の猫になった」と勘違いしてしまったのですね。




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