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ある小説家の秘書日記(1)

先日、友達と一緒にお昼ご飯を食べているとき、子供の話になった。
友人のお子さん(女の子)は出版社で働きたいんだそうな。

「ほら、よくあるじゃない? 小説家のお家にいって『先生、書けましたか?』って原稿もらいにいくやつ。あれをやりたいみたいなのよ」

昭和かっ! 

心の中でつっこみました。お嬢さんはまだ小学生らしいのだが、どこでそんな古い情報を仕入れたんだろう。
それなら、お嬢さんは小説家の秘書になるといいのではないだろうか。

某月某日

秘書、ドキドキしながら先生の書斎をノックする。
昨日は某文芸誌の〆切だった。

「先生?」
返事はない。

そろりと書斎に入ると、先生の背中がドヨーンという文字で押しつぶされていた。何度みても慣れない。
戦いは続いているようだ。

どうやら昨夜は一睡もしていないらしい。
つまり、かれこれ30時間ぐらい先生はフル稼働。
そんな状態で頭が正常に働くのか甚だ疑問だが、先生にも、とうとう限界がきたようだ。
原稿を今か今かと待っている担当さんに「少し寝ます」と連絡し、秘書に「一時間後に起こしてほしい」と言ってベッドへ倒れ込む。
即、寝息。先生、のび太くんみたい。
あまりにも気持ちよさそうに寝てるから起こさなかった。
秘書失格。

某月某日

コーヒーショップでコーヒー豆を買う。
先生は苦いコーヒーが好き。秘書はコーヒーが飲めない。コーヒーのことはよくわからないので、店員さんに「苦いやつください」とお願いする。「これがいいですよ」とお勧めされたものを買う。
先生のコーヒーメーカーはバルミューダとかいうやつ。
秘書は使い方がわからないので、先生にコーヒーを淹れてもらう。
「秘書もどうぞ」と言われたのでいただく。
あまりの苦さに倒れそうになった。これは本当に嗜好品か?薬にしか思えない。
牛乳をザブザブ入れて飲む。豚に真珠。とても美味しい。牛乳は美味しくて、身体にいい。
秘書、牛乳みたいな女になると誓う。

某月某日

某出版社からいただいたお菓子が美味しくて、秘書感激する。
コブラーというアメリカの焼菓子らしい。ちょっと厚いクッキーみたいで、しっとりしてる。
大阪で手に入らないかと調べたけれど、残念ながら東京にしか店舗はなかった。
秘書がっかり。

某月某日

税理士さんから、昨年ふるさと納税したものをエクセルにして送ってくださいと言われたので、さっそく作成。昨年は60品を申し込んだ。
税理士さんから限度額はきいていたのだが、結局二十万ぐらい余らせてしまった。もったいない。
先生は仕事が忙しく、ほとんど秘書一人で決めてしまったのだが、先生は秘書が何を選んでも「いいよ」と言う。
でも、そんな先生から却下されたものが一つだけある。

それはティッシュペーパー。

「先生、ティッシュにしてもいい?」
「それはどこの名産品だ?」
「名産品ってわけでは……。でも、これって絶対、使うものだから頼んでおくといいと思うの」
「ティッシュなら近所の薬局で買えばいい」

どうせ必要なものならふるさと納税でたのめばいいのに。
秘書、我ながら堅実。

某月某日

書斎に入ってびっくり。
机が一つ増えている。
「どうして机が増えてるの?」ときけば、今までの机で文芸誌掲載の原稿を書き、新しい机で今度の新刊のゲラ直しをしているとのこと。
いちいち片付けるのが面倒なので机を増やしたらしい。
秘書、呆れる。

某月某日

先生は原稿にかかりっきり。ちっともかまってくれない。
腹が立つので「先生は秘書をもっとかわいがるべきだと思います」と意見したら笑われる。
秘書、甘えん坊。

……いやいや、これのどこが秘書やねん。
今度は、もうちょっと秘書らしいことを書きたい。でも多分、書くことない。