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【あおぎりメモリアル】エピソード“音霊魂子”

3月某日、今日はあおぎり高校の卒業式の日。式典も終わり、教室へと戻ってきた。
 みんなとのお別れも終わり、机の引き出しを整理していると、奥から一通の手紙が出てきた。差出人を確認してみるが特に名前はない。だが、宛名の文字を見て、すぐに犯人が誰かわかった。
 魂子からの手紙だ。いつの間に忍び込ませたのかと疑問に思いながら、手紙の中身を確認する。
 手紙にはただ一言、「中庭の木の下で待っています。」と書かれていた。その文字を目にしたとたん、手紙を握りしめ中庭へと駆け出した。
 3年の教室から中庭までは、かなり距離がある。廊下を移動しながら、ふと思い出が脳裏を走り抜けていった。

 魂子との出会いは1年生の4月。家の都合で島根から引っ越して、4月からあおぎり高校に入学してきた。自己紹介で魂子が話し始めた瞬間、心臓を握られたかのような衝撃が走り、一瞬で恋に堕ちた。一目惚れ?一聴き惚れだった。
 入学から数日が過ぎ、それなりにクラス内でグループができ始めたころ、なかなかクラスに馴染めない様子の魂子がいた。
 小さくため息をついて、帰ろうとする彼女を放っておくことができず、この時初めて直接声をかけた。
 それがきっかけとなり、魂子と一緒にいるようになった。最初の頃は二人で遊んでばかりだったが、「友達を増やしたい」と決意した魂子に協力を惜しまなかった。そのかいあってか、クラスメイトと集団で遊ぶことも増え、魂子に友人が増えていく様子と、楽しそうに会話をしている姿を見て、我がことのように喜んだものだ。
 2年生の間は特に変化もなく、魂子とクラスが別れてしまったものの変わらず二人で遊んだり、それぞれの友人たちと一緒に遊んだりした。
 変化があったのは、3年生にあがってすぐくらいのことだった。一緒のクラスになれたものの、突然、魂子がよそよそしくなり、距離を取り始めたのだ。
 最初は忙しいのかと思い様子を見ていたのだが、あまりにも他人行儀な様子をとる魂子に、つい責めるように問い詰めてしまった。後悔してもあとの祭り、魂子との生活の中で初めての大ゲンカだった。
 魂子が叫ぶように理由を話した。「キミを好きな女の子がいるんだよ。わたしが近くにいたら、キミにもその子にも迷惑がかかっちゃう。だから、わたしは近くにいないほうがいいんじゃないかって・・・」そう言う魂子に、魂子と過ごす時間が大切なこと、距離をあけられて悲しかったこと、離れてほしくないことを涙ながらに訴えた。それはもう必死に。滑稽なほどボロ泣きしながら、みっともなく何度も訴えた。そりゃそうだ、魂子が好きなんだから。
 一通り訴えたあと、ふと我に返り魂子の姿を視界に入れると、彼女も大泣きしていた。大きな瞳から大粒の涙をこぼして、嗚咽を漏らしながら泣いていた。泣かせてしまったと罪悪感に駆られ、慌てて謝る。しかし、彼女は首を横に振る。「違うの。キミにそこまで言われたことが嬉しくて。わたしはキミの傍にいてもいいのかな?」そういう魂子に、もちろんと返事をする。お互いに声が枯れてしまい、そんな様子がおかしくて同時に笑ってしまったのも、今となっては良い思い出だ。しかし、いいタイミングだったのに告白できなかったヘタレな自分をいまだに呪っている。

 季節は過ぎ、12月8日。この日は魂子の誕生日だ。例年通り、盛大に祝おうと準備をしていたのに、体調を崩してしまった。情けなさに打ちのめされながら、部屋のベッドで寝ていると、部屋に1人の侵入者が現れた。なんと、魂子が来てくれたのだ。「わたしの誕生日なのに、風邪をひくとかなってないぞ。」そう笑いながら言ってくる彼女は、サンタの恰好をしていた。何故か男物の。「ん?この衣装?キミに着てもらおうと思って用意してたんだけど、こんなことになっちゃったからわたしが着てきたの。」そんなことを言いながら傍に寄ってくる白髭のサンタ魂子。風邪がうつるからと近寄らないよう伝え、クラスメイトと誕生会兼クリスマス会をするんじゃなかったのかと尋ねる。「んー・・・。ちょっと用事ができちゃってね。」なら何故ここにいるのかと疑問に思うものの、熱がまだあるため頭が働かず、そんな疑問はすぐにどこかへ消えてしまった。「ほら、病人は寝てなよ。」そういう彼女に礼を言い、風邪がうつる前に帰るように伝えるまでが限界だった。疲労感で眠りに堕ちかけているところへ「キミにならうつされてもかまわないんだけどなー。」という魂子の声は幻聴だったのか、いまだに謎のままだ。
 翌日には快復し、魂子にお見舞いのお礼を伝えた。自分の風邪のせいで、誕生日を台無しにしてしまったため、クリスマスの日に埋め合わせをさせてほしいと伝える。もちろん、“デート”できたらいいなという下心もあった。「えー。どうしよっかなー。」そう言っていたずらっぽく笑う彼女に、なにとぞお願いしますと必死になって懇願した。下心を見透かされてたんじゃないかと冷や汗をかいていたことも追記しておく。
 最終的に「しょうがないな、わたしのクリスマスの時間をあげようじゃないか。感謝してよね。」と言ってくれた彼女の口元は、にやけていた・・・と思う。
 クリスマスの日には二人で出かけ、お昼は外食、その後買い物にまわり、渡しそびれた誕生日プレゼントにプラスして、クリスマスプレゼントも購入して渡した。魂子は喜んで受け取ってくれた後、「なら、わたしからもプレゼントをあげよう。」そう言って、何故か持ち歩いていた大きなショルダーバッグから、マフラーを取り出してきた。手編み?と冗談めかして聞いてみると、「そんなわけないじゃん。お店で売ってたやつだよ。手編みは・・・まぁそのうちね?」最後のほうは消えるようにつぶやいていたが、ばっちり聞こえていた。なんとも高校生らしいお出かけを楽しんでこの日は解散をした。
 
 1月のセンター試験を終え、大学の二次試験に向け勉強を頑張っていた2月14日。この日も魂子と一緒に勉強をした。魂子は頭の回転が早いのに学校の勉強はポンコツなため、受験勉強に苦労していた。本人の努力が実り、声優関係の専門学校に合格できそうなところまできていたが、お互い追い込みをかけようということで一緒に勉強をしていたのだ。
 時刻も遅くなり、学校の最終下校時刻を伝える放送も流れた。魂子にそろそろ帰ろうと声をかける。しかし、どこか落ち着かない様子の魂子にどうかしたのかと尋ねると、ビクッとした後、「あ、あのね。今日はバレンタインなんだよ。」と挙動不審に言ってくる。どうせ今年もお義理だろ?と返してやると、「あはは、よくわかってるじゃん。」と言いながら、カバンから箱を取り出して胸元に押し付けてくる。しかし、パッケージを見るとどうも手作りっぽい。魂子の顔も真っ赤である。おい、これ手作りじゃないのか。と問いただそうとしたが、「帰ってから食べてよね!じゃ、また明日!」そう言って走って教室から飛び出して行ってしまった。しかたなく、一人で帰宅し、魂子手製のチョコレートを確認する。紫のかわいらしいラッピングの中からは、少し不格好だが、食べやすいように一口サイズのチョコレートがいくつか入っていた。こういうところの気遣いが魂子らしいなと思いながら、ひとつ手に取り口に含んでみる。程よい甘さのチョコレートが口の中で溶け、その中から強烈な香りと味の液体がドロリと飛び出してきた。予想外の衝撃に目を白黒させながらも、魂子からもらったチョコレートだからと飲み込む。何となく栄養ドリンクのような味と香りの液体だったため、きっと受験勉強で疲れてるからという魂子の配慮なんだろうと思い、残りのチョコレートも食べていった。2個目からは慣れたのか、そこまで違和感を感じずに食べることができたのだが、その日の夜は何故か体が熱く、目が冴えて眠れなかった。
 翌日、しれっとした様子の魂子に、チョコごちそうさんとだけ伝える。一瞬だけ目を泳がせたあと「体に不調はない?」と聞いてくるあたり、彼女の中でも栄養ドリンク入りチョコレートはかなり実験的なものだったのかもしれない。おかげさまで勉強がはかどったと伝えると、しばらく考え込んだ様子のあと、「そっか、ならホワイトデーは期待してるね。」とちゃっかり言われてしまった。

 3月14日。第1志望の大学で合格をもらえた。ふと、ホワイトデーが今日であることを思い出し、以前から用意しておいたプレゼントをカバンに忍ばせた。魂子はいち早く専門学校の合格を勝ち取り、今は悠々自適な生活を送っているらしい。きっと暇を持て余しているだろうと思い、SNSを使って“大学受かった。集合”とだけ連絡を送る。10秒と待たずにOKのスタンプが送られてきた。やはり暇を持て余しているようだ。集合場所だけ手短に送ると、家を出る。集合場所に行くと、魂子はすでに待っていたようだった。「大学の合格おめでとう!志望校に合格できてよかったじゃん!!わたしも自分のことみたいにうれしい。」開口一番そう言って祝ってくれた。魂子に祝ってもらえたことが何よりも嬉しい。しかし、今日の本題はそこではない。「ん?今日が何の日かって?3月14日だから・・・。あ、ホワイトデー。」期待してると言った本人が忘れていたようだ。やれやれと思いながら、用意したプレゼントを魂子に渡す。「この箱は何?開けていいの?」そう聞かれたので、うなずいておく。ラッピングを丁寧に開けようとして苦戦していたので、一旦箱を預かってラッピングをはずしてから再度渡す。箱を開けて中身をのぞいた彼女は、「うわ・・・。めっちゃかわいいんだけど。」そうこぼした。箱の中にはシルバーの月をモチーフにした髪飾りが入っている。「でも、こんな良いものをなんで?」そう尋ねる魂子に、月が綺麗だったからと返す。「なにそれ?よくわかんない。」告白のつもりだったのだが、やはり学校の勉強になるとポンコツな彼女には通じなかったようだ。まぁそうなることは予想できていたので、クスリと笑って栄養ドリンクチョコがそれだけ助かったってことだよと答えておいた。さっそく、髪飾りをつけてくれた魂子。揺れて輝く銀の月が、彼女の美しさを表しているようでとても綺麗だった。

 思い出を振り返っているうちに、中庭に入った。息を切らせ木の下にたどり着くと、膝に手を置いて呼吸を整える。
 木の下には、すでに魂子が立っていた。
 「思ったより早く来てくれたんだね。」そう言う彼女は、いつもと少しだけ違う雰囲気をまとっていた。
 「突然呼び出してゴメン」そう言った彼女に、手紙なんて気づかずに帰ってたらどうするんだと軽口を返す。しかし、彼女はそれには答えず「キミに伝えたいことがあったんだ。」と言った。

さっきまで振り返っていた思い出を魂子も語る。

「いろんな思い出をキミと作ってきたよね。」思い出を語りながら、ふとそんなことを言われる。「ケンカした時は、もう仲良くできないのかと思った。でも、キミも悪いんだよ?わたしが一緒にいたのに、例の子が話しかけてきたら楽しそうにしてたし。」少し不機嫌そうに顔をそらす。ちらりと横目でこちらを見ながら、「わたしだって不安だったし、それに・・・。」言葉を濁した。「ま、仲直りできたからいいんだけどね。」そう言って、かわいらしく笑いかけてくる。
「でも、今度はわたしの誕生日に倒れちゃうしさー。」今度はジト目で責めてきた。「すごく心配したんだよ?まぁ、クリスマスに埋め合わせしてくれて、素敵な時間だったから許してあげようかな。」どうにも今日は気分が落ち着かないのか、何かを誤魔化すようにそわそわとしてとても饒舌だ。
「バレンタインのチョコの時は大変だったんじゃない?実はね、中に大量の媚薬が入ってたんだけど気づかなかった?」いたずらっぽく笑う魂子に、栄養ドリンクではなかったの?なぜ?と問いただす。
「ふふ、さて何ででしょー。」ちょっと艶を含んだ怪しい笑顔だったが、そんな彼女にも見惚れてしまう。惚れた者の負けとはよく言ったものだと思う。
「ホワイトデーも嬉しかったよ?あの時言ってた“月が綺麗だったから”って、よく意味がわからなかったんだけど・・・」ヘアピンを触りながら、頬を赤らめてこちらをちらりと見てくる。
「あの後調べてみたら、そういうことだったのかなーって。」気づかなくてゴメンねと、ぺろりと舌を出して、手を合わせ謝る姿がかわいい。

 「ねぇ、キミはあおぎり高校の伝説って知ってる?」傍らの大木を見上げながら、ふと魂子はそう切り出した。
 「卒業式の日に、この木の下で、女の子から告白して結ばれたカップルは、永遠に結ばれるんだって。」こちらを真っすぐと見つめ、真剣な表情をしている。「わたしには勇気が足りなかった。だからケンカもしちゃったし、キミとの関係を縮めることもできなかったの。」どこか後悔を感じさせる表情にこちらの胸も締め付けられる。
 「でも、今日は・・・。今日だけは勇気を出さなくっちゃって」
 「この木の伝説に力を借りて、わたしの気持ちをキミに伝えようって」すでに瞳がうるんで、苦しそうだ。
 心配になり、こちらから何かを言おうとするが、「待って!わたしから話をさせて。」そう言って制止されてしまった。
一度目を閉じ、深く深呼吸をしている。
そして、スッと目を開くと

「キミが好きです。いつでも優しくて、わたしのことを傍で支えてくれて、ずっと応援してくれるキミのことが大好きです。コミュ障で、すぐ嫉妬しちゃうこんなわたしだけど、付き合ってください。」ギュッと目を閉じて、顔をうつむけている。
 ストレートな告白。好きですという一言を伝えるために、どれだけの勇気をふり絞ったのだろう。魂子の声は静かだったが、確かな熱量を持って心の中に沁みこんできた。
 たまらず魂子を引き寄せ抱きしめる。
 言葉はホワイトデーに伝えている。ならば今度は行動で返事を返すべきだろう。

 魂子の頬に手を添えて、顔を上に向かせると、震える桜色の唇にそっとキスをおとす。
驚いたように目を見開いた魂子は、口元に手を当て、涙を流しながら喜んでいた。
 そのままこちらの首元に抱きついてきた魂子を抱き止めようとして、一緒に倒れこんでしまった。
 ひときわ風が強く吹き、伝説の木がざわざわと揺れる。まるで二人を祝福してくれているかのように。
 お互いの視線がぶつかると、クスリと笑いあい、そのまま再び唇を重ねたのだった。

fin





表紙は、たまちゃん@たまっ子さん(https://x.gd/vnaHO

に作っていただきました。ありがとうございます。

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