あの時に挑戦できなかったことと今も挑戦できそうにないこと
散歩、あんたはするかい?
俺は独身時代は事あるごとに散歩をしていた。
そこで素敵なものに出会えるから、とかポエム的なことは全く考えず、ただただ健康にいいんじゃないかって歩き続けていた。
その当時、巣鴨近辺に住んでいたんだが、意味もなく新宿まで歩いていったり、もっと近場の池袋あたりをうろついたりと、なんとなく歩くことを続けていた。
まあそんなふうに歩き回っていると、嫌でもいろんなものが目に入ってくる。
池袋近辺なら、いわゆるオタク向けの店がやたらめったらにあった。
そんな中でもちょっと気になって、ついにはいけずじまいになっていた店がある。執事喫茶だ。
まあ、なんつ~か、異世界すぎて足を踏み入れる勇気を持てなかったわけだな。
いつだったか朝のニュース番組に取り上げられていたこともあった。
どうやら、いい感じのオッサンどもがウィットに富んだ粋でイナセでナウな感じの会話を楽しませてくれるらしい。
なんで行ってみたいって思ったかって~と、なんか自分よりもすごいやつに会ってみたいっていうか、人生の機微なんつ~ものを理解した奴に会ってみたいっつ~か。
そんなスト2みたいな理由だった気がする。
※スト2で通じないオマイらはドラゴンボールの孫悟空が「おめ~つえ~な!」とか言う感覚も違うけれどちょっとだけ近い
で、見紛う事なきオッサンになった今。執事喫茶に行ってみたいか?と自らに問うてみる。
ううん、特に行きたいってわけじゃないが、ここに載せるネタにはなるかもな。
まあとか言いながら行きゃしないんだろう。
要するに保守的になってきているってことなんだろう。
この守りに傾いた考え方。いつの間に染まっちまったんだろうな?
結婚して、守るべき人が出来たときか?
子供が出来て、守るべき未来が出来たときか?
それとも、俺はただ失いたくないだけなのか?
挑戦することをやめた時、俺はゆっくりと腐っていく人生を選択したことになる。
そんなの、あんたならどうよ?
耐えられると思うか?
挑戦。何に挑戦するか。
考えるべきときは、常に「今」だ。
今の連続で未来は作られるわけだからな。
なあ、あんたはキッチリとチャレンジし続けていられているかい?
いくつになっても、挑戦し続ける自分に酔っていたいもんだが、なんだかんだ言って、どうしてそうできないんだろうな?
あんたはどう思う?
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