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映画『ナイトメア・アリー』を観るあなたに贈る、本作に込めたデル・トロの想いとは。本日3/18発売【書籍『ギレルモ・デル・トロのナイトメア・アリー』序文を大公開】

ナイトメア・アリー完成版_obi

 アカデミー賞にて監督賞&作品賞のW受賞を果たした『シェイプ・オブ・ウォーター』から5年――ついに来週3/25(金)に公開されるギレルモ・デル・トロ監督の最新作『ナイトメア・アリー』。監督が今作で挑んだのは、“クリーチャー”が登場しない“怪物”映画。

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 映画『フランケンシュタイン』を敬愛し、自身の作品でも常に「よそ者=怪物」に寄り添ってきたデル・トロ監督。その監督が『ナイトメア・アリー』で描いたのは、野心に満ち溢れ、己の真の姿が見えずに他人を貶め、自身も手にしたものを失っていく、まさに真の「怪物」の物語。

 僕が自分の映画で何ができるかと言えば、自分の気持ちを描くことだけ。映画は僕のフィルモグラフィーじゃなくて、バイオグラフィー(伝記)だからね。――本書巻末より抜粋。

 そう語るデル・トロ監督が、本作に託した想いとは。映画を見る前に、読んでほしい、本書に寄せられた序文をご紹介します。

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悪夢 

―― ギレルモ・デル・トロ 2021年9月

 アメリカンドリームの“代価”はいつだって悪夢のようだ。多くの画家や作家はこのことを知っている。画家のエドワード・ホッパー、ジョージ・ベローズ、作家のジェームズ・M・ケイン、レイモンド・チャンドラー、ナサニエル・ウェスト、そして紛れもなく、本作の原作を執筆した小説家ウィリアム・リンゼイ・グレシャムもだ(彼らのように、長く苦しい下積み生活を送ったり、作品が売れたとたん夭折したり、まともな評価が受けられず正当な報酬を得られなかったり、私生活においては不幸だったというアーティストは少なくない)。

 1946年のグレシャムの傑作小説「ナイトメア・アリー」では、主人公スタントン・カーライルの「読心術で相手を騙して大金を儲ける」という行為を通じて、自分自身の能力を過信する勝者のメンタリティの脆さと、信仰や霊的な存在に対する際どい背信行為におけるリスクが浮き彫りにされる。スタントンは“現代人”であり、物欲が支配する世界(金、女、闇)と崇高なもの(喪失、霊的な存在、救い)が地層のように重なり合い、その層が変動した結果、彼という人間性ができ上がっている。そして、彼が破滅していく様子に、我々は自らの姿を重ねるのだ。グレシャムの小説に登場する見世物小屋は、宇宙の縮図。楽園から離れた地点に存在し、派手な色彩とまばゆい光でそれを模倣している。この場所は罠だ。幻影と輝きに包まれているのだが、ネオンに照らされた道の端は空虚で、暗闇に満ちている。通じて、自分自身の能力を過信する勝者のメンタリティの脆さと、信仰や霊 グレシャムの原作で描かれたこれらの要素は、脚本を担当したキム・モーガンと僕にとっては紛れもない美点だった。僕らはありきたりのノワール作品にするのではなく、物語を牧歌的な夢から都会的な悪夢へと移行させつつ、現在アメリカという国を鷲掴みにしている強迫衝動(良くないことだとわかっていても抑え切れない衝動)の中に観客が沈みゆくような感覚に陥る内容にしたいと思った。

 しかし、それを追い求めることは、想像以上の驚くべき経験となった。本作の制作には3年の歳月を要し、あらゆる困難に遭遇した。3倍の予算で作られたかに見える贅沢で緻密な映画にしたかったし、現代の最先端技術と古典映画の“目には見えないがそこはかとなく漂う”フィルムメイキングの華麗さを組み合わせたいとも思っていた。

 しかも、パンデミックの最中の撮影となり、映画作りはいつもとは全く異なる難局と向き合うことになる。

 スタジオ・システムの時代(1920~50年初期、アメリカ映画界で5大メジャー映画会社が製作、配給、興行全てをコントロールし、大半の作品が映画スタジオで作られていた頃を指す)の巨匠たちがモノクロ映画でやっていたように、僕は緑や赤といった色味を取り入れてアートディレクションを施し、「中間調」(明るいハイライトの部分と暗いシャドーの部分の中間のトーン)の色彩で物語を描こうとした。この手法は、メキシコの偉大な撮影監督ガブリエル・フィゲロアに一時弟子入りした際に学んだ。そのフィゲロアは、同世代のハリウッドの撮影監督グレッグ・トーランドから強い影響を受けている。フィゲロアは僕に、オリーブグリーンやクリムゾンレッドで、(モノクロ版にする場合に備えて)視覚的に十分な“情報”を保ったままの黒やグレーの色合いを表現する術を教えてくれたし、いかにして彼が緑や赤のフィルターを用い、木々の緑あるいは曇り空のコントラストを調整できるのかも示してくれた。

 僕は本作の撮影監督ダン・ローストセンと、古典的なクロスライティング(ライトとライトを結んだ対角線上に被写体を置き、ふたつの照明で被写体を挟み込むセッティングのこと)を行い、“映画スタジオの照明技術”のアプローチと濃い黒を使用して僕らのカラフルな世界を撮影しようと決めた。同時に、低位置かつ広角で被写界深度(ピントが合って見える奥行きの範囲)を調節しやすい構図や演出を可能にすべく、セットの天井を低くして俳優の頭に近づけることにした。

 撮影が見世物小屋のシーンに入ると、僕はノートパソコンのモニターの色を調整し、デイリー(撮影確認用の映像)をモノクロで見るようにした。ポストプロダクションの段階で映画の最終的な色合いを決定したかったからだ。これは骨が折れる上、ひと筋縄ではいかない作業となったが、力強い視覚言語を鮮烈な印象のまま保つのに役立った。
 主人公のスタントンは劇中で、狭い路地にいるようにも(セットはそう錯覚させるように作られている)、円(獣人の穴)に囚われているようにも、ミラーハウスに迷い込んだかと思えるようにもしているのだが、プロダクションデザイナーのタマラ・デヴェレルとセットデコレーターのシェーン・ヴィアがそれを確実にするのを手伝ってくれた。そしていつも通り、ほんのわずかだけ、赤を正確に使うよう気をつけた。

 コスチュームデザイナーのルイス・セケイラと僕は、それぞれのキャラクターに個性を与えるのに、1930年代後半から40年代前半にアメリカ存在した多彩な衣装を役者たちに着せて、あれこれ試行錯誤を繰り返した。革ジャン、中折れ帽、ピンストライプのスーツ、シルクのロングドレスとかをね。 

 プリプロダクションとロケハンは、今までのどの作品よりも時間がかかった。完璧な門構え、完璧な通り、完璧な芝地など、どのフレームにも最適な場所を見つける必要があったからだ。

 そして、キャスティング。脚本に書かれた全ての役に極上の俳優を起用できただけでなく、本作の世界とスタイルを一緒に掘り下げてくれるパートナーたちを見つけることができた。彼らは、僕らが下したどんな決定にも、人間性と正確性で応えてくれた。特に、ブラッドリー・クーパーとの協力関係は一生に一度の特別な経験となった。監督冥利に尽きるし、今後もこうした素晴らしい出会いを求めて走り続けたいと思うほどに。スタントン――つまりブラッドリーは、映画の99パーセントはスクリーンに登場しているゆえ、彼の感情をカメラで“追う”のは絶対不可欠で、どんな挙動も構成も十分に考えられており、安易に撮られたシーンはひとつもない。ブラッドリーは、観客を物語に引き込むための“共謀者”。それが本作の鍵だった。

 本作ほど、多くを要求された映画は他にはない。何ヶ月もの間、毎日、毎時間、驚きの連続だったし、共同製作者のJ・マイルズ・デイルとともに難題に次ぐ難題に対処した。そして、これを書いている今、映画はほぼ完成していて、僕たちは画を確定し、カラーグレーディングで色彩を調整するための準備を行い、音楽を付け、ミキシングしている最中だ。

 どのように本作は着地するのか? 誰が受け入れるのか? 僕には見当もつかない。だが、完成後の評価とて、映画製作の一部なんだ。僕たちが作るのは、思いも寄らない作品。魂に道標となる光を照らし、最も過酷で厳しい地形を突き抜けて新たな展望へと自分たちを導く作品を創出するのだ。

 どの映画でも、基本的なやり方で自己を改革しようとしてきた。例えば、『パシフィック・リム』(2013)は『パンズ・ラビリンス』(06)と隣り合わせの存在だ。似ても似つかぬように思える2作だが、同じ精神と、似たような配慮のもとで作り上げている。そして、今度は『ナイトメア・アリー』だ。『シェイプ・オブ・ウォーター』(17)の後、世界は暗転してしまった。人間性の最も劣悪な部分が剥き出しになり、誰もがそれを目の当たりにした。『ナイトメア・アリー』は、そうした時代に僕が経験したこと――皆、同じ経験をしているはず――に対する自分の気持ちを反映している。
 僕たちの映画は、怪しく光る漆黒のダイヤモンド。その輝きに映し出されるのは、観る者の真の姿。そんな1作になればいいと願う。
 深く、長く――、この悪夢を見届けてほしい。

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 序文の内容はいかがでしたか? これを読んで映画を観て、 そして本作のもっと奥深い部分を知りたくなたっらぜひ、公式のメイキング&アート本『ギレルモ・デル・トロのナイトメア・アリー』を手に取ってみてください。本作を描くにあたりインスピレーション源となった、数々の映画作品や絵画について触れられているだけでなく、泣く泣くカットされたシーンや、この人物にはこんな設定があったの⁉という驚きの事実までが記述されています。

 そして、もう一つ。忘れてはいけないのが、デル・トロ監督が主人公スタントンの姿の向こう側に常に見ていた、原作者ウィリアム・リンゼイ・グレシャムのこと。壮絶な人生を送ったグレシャムによる原作小説『ナイトメア・アリー』にもぜひ、目を通してみてください。

★早川書房さんから好評発売中!

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≪書誌情報≫
『ギレルモ・デル・トロのナイトメア・アリー  ある「怪物(おとこ)」の悲しき物語とその舞台裏』
ジーナ・マッキンタイヤ― 著 阿部清美 訳
A4変型・並製・160頁(オールカラー) 
本体3,800円+税 ISBN978-4-86647-166-2
2022年3月18日(金)発売 / 初回限定生産2,500部https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK319
【映画公開情報】
『ナイトメア・アリー』
2022年3月25日公開
監督:ギレルモ・デル・トロ
脚本:ギレルモ・デル・トロ、キム・モーガン
製作:ギレルモ・デル・トロ、J・マイルズ・デイル、ブラッドリー・クーパー
出演:ブラッドリー・クーパー、ケイト・ブランシェット、トニ・コレット、ウィレム・デフォー、リチャード・ジェンキンス、ルーニー・マーラ、ロン・パールマン、デヴィッド・ストラザーン
原作:ウィリアム・リンゼイ・グレシャム
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン


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