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9時間におよぶ決定的プレイリスト公開! マイルスとプリンスを介した、新しい「ジャズをめぐるサウンド史」がここに! 『Jazz Thing ジャズという何か』の「まえがき」とともにお楽しみください。

 80年代以降のJAZZがわかる論考集として、2018年の刊行時より話題となった本書が、このたび電子書籍として配信されます。今回、電子書籍化を記念して、著者の原雅明さんにセレクトいただいた動画、そして、本書BGMとしてのプレイリストとともに、「まえがき」を公開いたします。

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 『Jazz Thing ジャズという何か』を上梓してから、2年あまりが経った。今回、電子書籍として配信されるにあたり、書き足したい気持ちになった(が、2か所のリリース年代の訂正のみに留めて加筆は一切しなかった)。ジャズを巡るストーリーは更新を続けているからだ。ロイ・ハーグローヴの逝去という、とても悲しむべき出来事もあったが、自分の予想などやすやすと覆してしまう新たなジャズとの出会いは途絶えることがない。
 新たなジャズ、と書いたが、とりあえず、それらをジャズと括ることを良しとするのか、それでもジャズであることが基盤を成すのか、まったくジャズとは別物だと考えているのか、作り手にも聴き手にも、様々な基準がある。それらが積み重なったところに顕れるのが、やはり「ジャズという何か」だとしか言い様がないのは、この本を書いた当時も、いま現在も変わらない。
 2年前に本書のためのプレイリストを作っておきながら、公開するタイミングを逸していた。今回の電子書籍化とともに「まえがき」と合わせて、それを公開したい(本記事の最後にリンクがあります)。
 カマシ・ワシントンまでが本書の第1部に沿った選曲で、それ以降はこの2年余りの間にリリースされた、ジャズを巡るストーリーを更新する曲を選んだ。本書で言及した楽曲すべてが配信されているわけではないので、代わりに関連性のある楽曲が選ばれていることもあるのはご了承願いたい。全101曲、9時間分の音楽が、この本のBGMとなれば幸いである。(原雅明)   

Intro これまでのジャズ史が語らなかった物語


 音楽はすべて色とサウンドに基づいている
                         ――― プリンス

 ジャズは貪欲な音楽である。
 100年以上の歴史を持つジャズ史とは、ジャズが新しいサウンドを追い求めてきた歴史でもある。だが、そのジャズ史におけるメインの物語は、モダン・ジャズのわずか二十数年間に集中している。
 1940年代のビバップから1960年代後半の電気楽器を加えたエレクトリック・マイルス直前まで、モダン・ジャズは才能溢れるミュージシャンの個性とカリスマ性が彩る、あまりにも多くの魅力的な物語を用意できたからだ。そして、ジャズ=モダン・ジャズとして多くの人に語られていくことになった。

 そのモダン・ジャズの終焉から、すでに半世紀が経つ現在にあっても、ジャズと言われ続ける音楽は貪欲に新しいサウンドを追い求めている。いま目の前に現れてきたジャズは、少なくともモダン・ジャズではない。では、一体どういうジャズなのか? 何処から現れたジャズなのか? そして、そもそもこれはジャズなのだろうか?

 モダン・ジャズの物語が終わり、それでもジャズが追い求めてきたサウンドは、いつの時代もそんな疑問をずっと抱かせた。それらは、ジャズ・ロック、クロスオーヴァー、フュージョン、アシッド・ジャズ 、クラブ・ジャズ等々、さまざまなジャズのサブジャンル名で括られてきた。そのサウンドを構成する要素や纏っている意匠によって分類、整理されてきたのだ(電気楽器を使っているか、8ビートや16ビートを使っているか、打ち込みのビートを使っているか等々)。


 結局、ジャズが同時代のロックやファンクやワールド・ミュージックを貪欲に取り込んだ音楽は、フュージョンという呼び方に落ち着いた。モダン・ジャズとフュージョンは、アコースティックとエレクトリックという単純な対比で区別が可能だった。1970年代半ばくらいまではそれでも充分だったのだ。ところが、マイルス・デイヴィスが表舞台から姿を消してしまった70年代後半以降、生身のミュージシャンが演奏するのが当然だったジャズの現場にも、機械によるコントロールが次第に入り込み、少なからぬミュージシャンがシンセサイザーやドラム・マシンを手に入れた。その時期は、クラフトワークの「Trans Europa Express」(1977年)から、それをサンプリングしたアフリカ・バンバータの「Planet Rock」(1982年)に至る5年間とほぼシンクロする。多様な音楽が混ざり合っていった、この象徴的な5年間におこなわれたことはこれまで書かれてきたジャズ史から窺い知ることはできなかった。

 一方で、フュージョンはジャンル音楽として定着し、人気を得た。もう誰もそこにジャズの物語を求めなくなったからだ。代わりに登場したのは、ヒップホップだった。この未分化の音楽は、他人の音楽を無断使用して生まれた、よく言えばコラージュ・アートだった。ジャズはそんなヒップホップのサウンドも貪欲に求めた。そして、80年代初頭に復活したマイルスは、ミネアポリスから登場したファンクであり、ロックであり、ディスコであり、ヒップホップも先取りしていたプリンスの音楽を褒め称え始めた。


 ここから混沌とした、しかし新しい何かを孕んだジャズの時代が始まった。この80年代から90年代にかけて、モダン・ジャズでもフュージョンでもないジャズの物語を求める気運がミュージシャンやリスナーにはありながらも、ジャズ史はそれを提示することができなかった。ならば、そこからスタートするジャズの物語を綴りたい。それが本書を執筆した動機であり、出発点である。
 ドラマーが叩く4ビートが、サンプリングによって作られたブレイクビーツに置き換えられた時点で、聴く耳を持たないピュアなジャズ・リスナーもいる。だが、ジャズ・ドラムのスウィングがなければ、打ち込みのビートは今のような進化は遂げなかった。
 そして、ビート・ミュージックの進化が今度はジャズ・ドラマーを刺激した。少なくともミュージシャンとプロデューサー達は横断的に繋がり、音楽史を豊かにした。だが、その事実はジャズ史ではふるい落とされてきたのだ。


 本書はそれをすくい上げた本でもある。その意味で、どこかの時点でジャズの進歩を追うのを止めたリスナーにも、ジャズを現在進行形の音楽として聴き始めたリスナーにも機能する本となるように書いたつもりだ。そのためのガイドとなる作品はジャケットと共に掲載している。

 ジャズ史は、マイルスとプリンスを媒介した"ジャズ"の存在を明かしてはくれなかった。マイルスのラスト・バンドのドラマーが、曲で切らずに連続して叩いて踊らせるゴーゴー出身のリッキー・ウェルマンだった理由も教えてはくれなかった。ヒップホップ・バンドのザ・ルーツが、なぜオーネット・コールマンやスティーヴ・コールマンの複雑なファンクと交わろうとしたのかにも触れることはなかった。知りたい物語はまだまだあった。
 マイルスの死後に頭角を現した次代を担うトランペッターのロイ・ハーグローヴが、ディアンジェロやエリカ・バドゥらのネオソウルのムーヴメントに深く入り込んでいったのは? J・ディラという稀代のビート・メイカーが作った、もたってよれたビートをクリス・デイヴら有能なドラマー達がこぞってトレースしようとしたのは? ア・トライヴ・コールド・クエストのQティップが楽器を買い込み、カート・ローゼンウィンケルやロバート・グラスパーとセッションを始めてジャズに接近したのは? ビル・フリゼールやジュリアン・ラージらギタリストがモダン・ジャズ以前の音楽に惹かれ、演奏しているのは? カマシ・ワシントンやサンダーキャットを生んだロサンゼルスでジャズが今もコミュニティによって育まれ、グループ・アンサンブルが尊重され続けているのは?

 こうしたさまざまな問いを端緒に、本書ではそこから広がるいくつものジャズの物語を綴っている。物語と書いたが、フィクションという意味ではない。史実に従って列記していくだけでは何も見えてはこなかったジャズ史を、周辺の音楽、過去の音楽とも繋げながら再構成した。


 1部では、ジャズ史をラップしたギャング・スター「Jazz Thing」(1990年)からスタートし、時代も遡りながら、トピックとなるいくつかのジャズの物語を繋げていった。この1部は本書のアウトラインであり核心でもある。


 2部は1部の各論でもあるが、新しいサウンドを追い求めるミュージシャン達の試行錯誤を現場で追ってきた身として、彼らが"何を考え"、"音楽制作の背景には何があるのか"を、これまで、ライナーノーツや雑誌に執筆してきた原稿を大幅に加筆して"ジャズをめぐるサウンド史"をアップデートするレポートとしてまとめたものである。そして、巻末には、異質な音楽を時系列で並べ、この物語を俯瞰して眺めるための年表も付けた。
 これが80年代以降のジャズ史の決定版だと言い切るつもりは毛頭ない。むしろ本書が引き金となって、この物語がさらに更新されていくことを切に望んでいる。本書がそのための一冊になれば幸いだ。

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Jazz Thing ジャズという何か
ジャズが追い求めたサウンドをめぐって

原 雅明 著

原雅明(はら・まさあき)
編集者を経て、80年代末から音楽ジャーナリスト/ライターとして執筆活動を開始。日本のインターネット黎明期に影響を与えた『ネット・トラヴェラーズ'95』の編集・執筆なども。HEADZの設立と雑誌FADERの創刊など、レーベル運営やイベントの実践も通じて、日本のブレイクビーツ、エレクトロニックミュージック・シーンの前進に大きく貢献。フライング・ロータスらを輩出したビート・ミュージックの最重要イベント『LOW END THEORY』などを日本で企画する。前著『音楽から解き放たれるために』は、「Jazz The New Chapter」にもインスパイアを与え、シーンのキーパーソンとして、多数の論考を寄稿。現在は執筆活動とともに、ringsのプロデューサーとして、これまで培った海外とのコネクションから、新たな潮流となる音源の紹介に務めている。

原雅明さんによる全101曲、9時間にわたるプレイリスト。ぜひ、本書、そして本書に掲載した「ジャズをめぐるサウンド史年表」とともに、お楽しみください!


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