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『J・ディラと《ドーナツ》のビート革命』より、ディスクガイド「ディラ・ビーツの基本を知る10枚・深層に触れる10枚」を全文公開

 天才ビートメイカーの創作の秘密を探る『J・ディラと《ドーナツ》のビート革命』(ジョーダン・ファーガソン著、吉田雅史訳・解説)より、巻末付録の「ディラ・ビーツの基本を知る10枚」「ディラ・ビーツの深層に触れる10枚」を全文公開いたします。執筆者は本書訳者にして、批評家/ビートメイカー/ラッパーとしても活躍する吉田雅史さん。ぜひご覧ください。

ディスクガイド A-side
――ディラ・ビーツの基本を知る10枚

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Labcabincalifornia
The Pharcyde
1995 / Delicious Vinyl

〈Bullshit〉〈Y? (Be Like That) [Jay Dee Remix]〉などでクラッピーなスネア、サイン波ベース、鍵盤のウワモノというディラの方程式が堪能できる1枚だが、同時に〈Drop〉のMVでも踏襲される逆再生や、永遠のクラシック〈Runnin'〉のネタの組み合わせの妙といったアイディアに溢れた作品。〈Runnin'〉で示されているのは、やがて分裂するとは思えないメンバー4人のハーモニーをここまで引き出すことができるのも、またビートであるということだ。


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Beats, Rhymes and Life
A Tribe Called Quest
1996 / Jive

ディラの名がクレジットされているのは、ピッチを落としたザ・サークルのコーラスから別々の部分をつないだ〈Get a Hold〉や、ギターのカッティングをMPCで演奏してしまった〈Keeping It Moving〉、そして何とも表現しようがない言葉遊びの無限性にどこまでも堕ち込んでいくようにアンニュイな〈Word Play〉。本書ではディラがトライブを破壊したとの非難に言及しているが、むしろ彼らに単なるニュー・スクーラーに留まらない新たな方向性を与えたのがディラだったのだ。


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Jay Dee Unreleased EP
Various Artists
1997 / House Shoes Recordings

ディラの方程式が満載の教科書的な1枚。リリースの見込みもないまま「演習」として取り組んだバスタやダス・エフェックス、アーティファクツらのリミックス集。なかでも白眉はディアンジェロの〈Me & Those Dreamin' Eyes〉で、デイヴ・グルーシンの文字通り夢見るようなローズサウンドに、JBの掛け声がある種の歪さも付け加える。それでいてディアンジェロの歌メロと見事にフィットしているところに、歌モノも得意とするディラの耳の良さを改めて痛感させられる。


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Fantastic Volume 2
Slum Village
2000 / Good Vibe

当時渋谷のレコ街で〈I Don't Know〉が話題になったとき、皆の反応は「一体何なんだこのビートは?」だった。スムースさと歪さを兼ね備えたサウンドは、いまだに類をみない。ディラのビートが先導する3人のラップも、ローションの上をのたうつようなモタりとグルーヴを兼ね備える。一生聴いていたい〈Players〉〈2U4U〉に加え、〈Tell Me〉〈Climax (Girl Shit)〉〈Get Dis Money〉のようなメロウなビートにナスティなラップの組み合わせも眩しい、正真正銘のクラシックアルバム。


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Like Water for Chocolate
Common
2000 / MCA

ディアンジェロやジェイムズ・ポイザーとのソウルクエリアンズによる冒頭の〈Time Travelin' (A Tribute to Fela)〉、そしてディラ単独プロデュースの〈Heat〉が、ゾクゾクするような新しいチャプターの幕開けをはっきりと示している。ここではすでに、過去の生演奏のサンプルと現在形のそれとの境界が溶解している。ボビー・コールドウェルがサンプリングされたメロウな〈The Light〉は、本書の終盤の一場面を想像する読者には、決して忘れられない1曲となるだろう。


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Welcome 2 Detroit
J Dilla
2001 / BBE

ディラのアーティストとしての立場を確立したソロ作。生楽器の導入によりライブ感が増幅すると共に、リズム面に一層重心をかけ、ディラはビートメイカーからドラマーへと変貌を遂げている。なかでもドナルド・バードのカヴァー〈Think Twice〉の生演奏と打ち込みの絶妙な融和と、〈B.B.E. (Big Booty Express)〉〈Shake It Down〉のヨレた16分のハットや電子音がなければ、ロバート・グラスパーのモードも、フライング・ロータスとLAビートのメソッドも存在しなかったかもしれない。


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Ruff Draft
J Dilla
2003 / Mummy

「カセットのようなリアルなサウンド」というディラ本人のステイトメントから幕を開ける1枚。ディラといえばスムースでメロディアスなビートを想起するリスナーが多いなかで、メジャーレーベルへのストレスや、ネイティヴ・タン/バックパッカーとカテゴライズされることへの反発をそのまま音に封じ込める。〈Reckless Driving〉のラグドなフューチャー感、〈Nothing Like This〉の奇妙なオルタナ感、〈The $〉の軽快なファット感。次々と押し寄せる新奇サウンドに窒息せぬよう。


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Champion Sound
Jaylib
2003 / Stones Throw

ディラとマッドリブ、互いに唯一無二のパートナーとの邂逅への歓喜をそのままパッケージした結果、ふたりのいつになくアッパーな表情が窺える1枚。フランクン・ダンクとつるむナスティな〈McNasty Filth〉、プリミティヴなブレイクビーツが疾走するファンキーな〈Champion Sound〉ギャップ・マンジョーネディジー・ガレスピーを掛け合わせた〈The Official〉など、マッドリブのビースティなビートの上で、間をふんだんに取りながらも実に堂々としたディラのラップにも注目。


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Donuts
J Dilla
2006 / Stones Throw

改めてディラの膨大なビート・カタログの中に本作を位置付けようとして痛感するのは、31のビートひとつひとつが、不思議と他とは似て非なる独特の存在感を発揮していることだ。それでいてシームレスな展開、反復されるテーマなどによって、全作品中で最も入念に1枚のアルバムという形に束ねられているのもまた本作の特徴だ。聴けば聴くほどに新しい発見のある本作を、DJシャドウの《Endtroducing》を引き合いに出して説明しようとしたPBWは正しい。


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The Shining
J Dilla
2006 / BBE

ディラの生前に大部分は作られていたが、残りをカリーム・リギンスが完成させた、豪華MC陣をフィーチャーしたラップアルバム。コモンがライムするヘッドバンガー〈E=MC2〉は、太いビートにシンセベース、得意のチョップ、ピッチをいじった声ネタで、ディラの新たな代表曲に。カリームのドラムが炸裂する〈Jungle Love〉に膝を打ち、〈Dime Piece〉のメロウネスにとろけ、〈Over the Breaks〉でディラのビートの上空に永遠の宇宙を幻視する。

*   *   *

ディスクガイド B-side
――ディラ・ビーツの深層に触れる10枚

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A Day Wit the Homiez
1st Down
1995 / Payday

ファット・キャットとのユニット唯一の公式リリースで、ディラの最初のコマーシャルなクレジットが刻まれた1枚。A面〈A Day Wit the Homiez〉はジョー・サンプルのメロウなネタにファット・キャットの鼻歌がフィットする、当時の西海岸ライクなチル・ジョイント。B面の〈Front Street〉はスペイシーでドリーミーなウワネタのコード感と、ハイをカットしたキックにクラッピーなスネアと、この時点ですでにディラのトレードマークとなるサウンドの萌芽がある。


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Stakes Is High
De La Soul
1996 / Tommy Boy

表題曲でアーマッド・ジャマルの〈Swahililand〉をサンプリング、3小節ループの楽曲に。素晴らしいループを引き当てたのは、ゴールド・ディガーたるレコード掘り師の面目躍如だが、同曲の8分を超えた箇所に眠っていたソースを掘り起こしたところにその慧眼を示している。DJスピナがジョック・マックスと組んだリミックスも、ケニー・バロンのエレピ、ベースラインとアタッキーなスネアの方程式がディラへのアンサーのような、しかしスペイシーで奇跡的な出来の逸品。


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Enigma
Keith Murray
1996 / Jive

〈The Rhyme〉のジ・アマー名義のリミックスを収録。ビル・エヴァンスのエレピをフィーチャーしたディラの方程式の威力が遺憾なく発揮された1曲。リミックスだがキース・マーレイのハスキーなフロウとの相性も抜群。もう一方の収録曲〈Dangerous Ground〉もディラ方程式に則り、平行移動するエレピのコードの浮遊感とサイン波ベースの暴力が印象的。フックではまた別のループを配置し、ラストヴァースではドラムとベースのみが支えるという珍しく展開多き1曲。


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Dedication to the Suckers
Phat Kat
1999 / House Shoes Recordings

ディラがプロデュースした3曲入りのEP。〈Don't Nobody Care About Us〉では、エリック・サティの曲をMoogでプレイするカルト盤からサンプリングしたフューチャー・ファンク。白眉は〈Microphone Master〉で、何とキング・クリムゾンの〈Moonchild〉からロバート・フリップのギターが印象深いメランコリックな一節をサンプリング。本書でも言及されているように、ソースを選ばず何からでもサンプリングするディラの特性が表れている。手弾きのベースラインの巧妙さも要チェック。


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Little Brother
Black Star
2000 / MCA

クエストラヴが指摘するように、ロイ・エアーズの歌と語りの間隙を狙い撃ちするようにサンプリングして、パズルのピースをはめるように再構成したループがすべてのビートメイカーの度肝を抜く1曲。このネタの制約と、憧れのピート・ロックのパクリになるという二重の制約があったからこそ、クリエイティヴィティの自由が発揮されたと言えよう。それにしてもメジャーキーの原曲から、なぜここまでクールな哀愁を帯びたビートが生まれ得るのか。


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Vintage: Unreleased Instrumentals
Jay Dee
2004 / Bling 47 Recordings

盟友ワジードのレーベルからリリースされた未発表インスト集。ラストを飾る〈Trashy〉が出色の出来。彼のカタログの中でも特に泣ける1曲。スタンリー・カウエルのピアノとビートのシンプルな組み合わせだが、とにかくディラのネタサーチ力を痛感させられる(原曲の終盤の部分のフリップ!)。他にもミニマルな〈On the 1〉ゲイリー・バートンのヴァイブをループさせた〈Circus〉、ディアンジェロのリミックスのインスト〈Dreamy〉など聴きどころ多し。


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Cold Steel
Phat Kat
2007 / Look

タイトル通り、冷血な鋼のような硬質さとヘヴィさを湛えた、ディラのゴリゴリな面を代表する1曲。腰に来るビートがディラのトレードマークだったが、常にスタイルを更新する彼らしく、ここへ来てヘッドバンギングを煽るラグドネスが盟友ファット・キャットのハードなライムとぶつかり合う。B面の〈Nasty〉も同系統のヘッドバンガーで硬派に畳み掛けるが、本書でもメンションされていた冨田勲ネタがスペイシーな奥行きを与えている。


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Jay Love Japan
J Dilla
2007 / Operation Unknown

ディラがツアーで訪れた日本を気に入ったことから編集されたという1枚。本書でも何度か言及されているディラが普段から作っていたミックステープを思わせる、生々しい着想に牽引された短いループで構成されている。良い意味での統一感のなさが、何よりもディラの制限されない自由なマインドを象徴している。小刻みなチョップが超モダンな〈Oh Oh〉〈Yesterday〉、ソウルフルな〈Believe in God〉〈In the Streets〉は《Donuts》の延長のようにも。


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The Diary
J Dilla
2016 / Mass Appeal

元々はMCAからのラップソロアルバム《Pay Jay》として2002年に制作されていた1枚。様々なビートメイカーたちのディラの乗りこなし方に注目しつつ、ディラのストリートサイドを露出する〈Gangsta Boogie〉では何とスヌープが客演。〈The Ex〉では憧れのピート・ロックがディラの方程式に解答を寄せる(ブーンバップにウワネタのコード、動き回るベースライン!)。疾走するブレイクビーツにディラのストレスが炸裂するクラシック〈Fuck the Police〉も収録。


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Jay Dee's Ma Dukes Collection
J Dilla
2016 / Yancey Media Group

本書のクライマックスでは、何年分ものリリースに耐え得るビートたちをマ・デュークスが取り戻す場面が描かれているが、ディラが生きているのかと錯覚するほど、2018年現在も相変わらずリリースは続いている。本作はそのマ・デュークスのセレクトによるビート集。喘ぎ声サンプルの〈663〉、アナザー方程式クラシック〈764〉〈1071〉、トライブのあの曲の原型〈369〉など聴きどころ多し。ディラは決して尽きることのない鉱脈を残してくれたのだ。

(転載にあたり、動画を加えています)

*   *   *

《Donuts》のリリース記念日およびJ・ディラの誕生日である2月7日にピーナッツ・バター・ウルフが投稿した写真。2枚目は本書でも言及されている、J・ディラがPBWに手渡したビートCD。

僕は決して忘れない。2005年、まだ比較的健康だったディラと、車で最初にこのCDのラフバージョンをプレイしたときに起こったことを。
――ピーナッツ・バター・ウルフ
(『J・ディラと《ドーナツ》のビート革命』「序文」より)

書誌情報

180803■Jディラドーナツ_帯あり

『J・ディラと《ドーナツ》のビート革命』
ジョーダン・ファーガソン=著、吉田雅史=訳・解説
四六・並製・256頁
ISBN: 9784866470320
本体1,800円+税
https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK192

《内容紹介》
ヒップホップ史に輝く不朽の名作《Donuts》には、J・ディラ最期のメッセージが隠されていた――

Q・ティップ、クエストラヴ、コモンほか盟友たちの証言から解き明かす、天才ビートメイカーの創作の秘密。

地元デトロイトのテクノ~ヒップホップシーン/スラム・ヴィレッジ結成/Q・ティップ(ア・トライブ・コールド・クエスト)との出会い/ソウルクエリアンズでの制作秘話、同志マッドリブとの邂逅/そして病魔と闘いながら作り上げた《ドーナツ》まで、32歳の若さでこの世を去った天才ビートメイカー、J・ディラが駆け抜けた短い生涯とその音楽に迫る。

日本語版のみ、自身もビートメイカーとして活動する本書訳者・吉田雅史による解説(1万2千字)&ディスクガイドを追加収録。

目次
序文 文:ピーナッツ・バター・ウルフ
第1章 Welcome to the Show――《Donuts》の世界へようこそ
第2章 The Diff'rence――デトロイト・テクノからヒップホップへ
第3章 Hi――スラム・ヴィレッジ結成
第4章 Waves――ビートメイキングは連鎖する
第5章 Stop!――批評とは何か? 解釈とは何か?
第6章 The Twister (Huh, What)――グループからソロへ、デトロイトからLAへ
第7章 Workinonit――車椅子の偉大な男
第8章 Two Can Win――「これはハイプではない」
第9章 Geek Down――ビートを通して死に触れる
第10章 The New――ディラ流「晩年のスタイル」
第11章 Bye――《Donuts》という永遠の環

解説――《Donuts》をよりおいしく味わうために
ディスクガイド
A-side ディラ・ビーツの基本を知る10枚
B-side ディラ・ビーツの深層に触れる10枚

訳・解説:吉田雅史(Masashi Yoshida)
1975年生まれ。“ゲンロンx佐々木敦批評再生塾"初代総代。批評家/ビートメイカー/ラッパー/翻訳家。
「ele-king」「ユリイカ」「ゲンロンβ」などで音楽批評を中心に活動。著書に『ラップは何を映しているのか』(大和田俊之、磯部涼との共著)。MA$A$HI名義でMeisoのアルバム『轆轤』をプロデュース。最新作は8th wonderのFake?とのアルバム『ForMula』。(上記は刊行時のものです)


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