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誰よりも娘が許せない

 鼻に異臭が飛び込んでくる。ゴミ袋に近づけた顔が歪む。それでも私はガサガサと音を立てながら袋の中を漁っていた。

「どこかしら」

 ゴミ袋を探した後、あまり意味は無いとは思いつつ手を洗ってから次の場所を探してみた。
クローゼットを探しても見つからなかった。箪笥も探した。
 冷蔵庫も開けてはみたけど、さすがにここなわけはないか。
 机の下も、自室も、子供の部屋も探した。
いよいよ探していない場所はあの人の部屋だけになった。
 扉の前で呼吸を整える。

 コンコン。

「入るわね」

 そう言って扉を開けると、あかりのついていない暗い部屋に彼はいた。

「どうしたんですか?」

 彼は優しい口調でそう言いながら私の方を向いた。
 廊下の明かりに僅かに照らされて、床に座り込んでいる彼の細い体と知的さを感じさせる眼鏡が見えた。

「綾ちゃんを探しているんだけど、知らないかなって思って」
「ええ、私は知らないです。まだ帰っていないのかもしれませんね」
「大変、それなら探しにいかなきゃ」
「はい、それが良いと思います。しかし私は明日の仕事の準備があるので、綾ちゃんのことは任せて良いですか? 私は家にいて、もし綾ちゃんが帰ってきたら連絡します」
「分かったわ」

 そう言って私は扉を閉めた。
 扉を閉める瞬間に「お母さん」と小さな声が聞こえてきたけれど、私は聞こえないふりをした。

 最高に可愛い化粧をして、最高に可愛い服を選ぶ。少し大人の魅力が引き立つようにしてみた。
 身支度を整えてコンビニに向かい、そこでコーヒーを買った。
 それからマッチングアプリを開いてすぐに空いている男と約束を取り付けた。

 写真では控えめな印象だったけれど、やり取りはしっかり理解しているようだった。
 やっぱり人は見かけによらない。

 コンビニの前でコーヒーを飲んで待っていると、目の前に青い車が停まった。
 さっきの写真より2割くらい残念な男が窓から顔を出して、私の名前を呼んだ。
 飲みかけのコーヒーを置いて、私は車に乗り込んだ。

「実際にお会いするとすごく可愛いですね」

 私は「ありがとう」とだけ言って、こちらの正直な感想を伝えなかった。

「お子さんはいらっしゃるんですか?」
「中学生の娘がいます」

 つまらない話の流れで答えた。

「へえ、反抗期とかもあって大変そうですね」
「ええ。でも何より色気付いてきたのが嫌ね。すぐに男を誘惑しようとするの」
「よく彼氏が変わるとかですか?」
「違うわ。人の男を獲るのが趣味なの」
「へえ」

 それきり会話は続かなかった。

 あまり楽しくない時間を過ごした後、快楽の余韻に浸っているところで彼から連絡が入った。

「綾ちゃん帰ってきたよ」

 それを見てすぐに私は帰り支度をした。

「もう終わりかい?」
「ええ、旦那が待っているので」

 自分の鞄を掴み、コートを着て、タクシー代を男から受け取り、私は急いでホテルを出た。

生きているだけでいいや。