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まるも、noteをはじめる

今年に入って目にすることが増えたnote。やっとnoteで書きたいことが見つかったのではじめることにした。

noteで書いてみたい

ある友人が今年から毎日欠かさず note に記事をアップしている。そのおかげで note を目にする機会が増えた。

そうこうしているうちに、他にも note を活用する友人が増えた。活用の仕方はさまざまで、さらにとてもシンプルな見た目が自分好み。

note で書いてみたいな〜と思ったのは2月ごろかもしれない。

とはいえ、自サイトのブログ更新も滞り、メルマガ配信も停止している状態だ。ここでさらに note …?いやいや、それはダメでしょ、という思いを拭いきれなかった。それでも、友人たちの記事をみると「シンプルでいいな〜」と思うのだ。

あじわうことは人生を豊かにする

そんなわたしがnoteをはじめようと決めたのは、VIA-IS という人格徳性の強みの学びを、この春から積極的に深めていることに起因する。その過程で、もっと自分をあじわいたいと思うようになったのだ。

わたしはVIA-ISの「審美眼」の強みが高いという測定結果が出ている。この強みは、自分で美しいものを作り出すのではなく、そこにある美しさを感じる強みだ。強みの発露はいろいろだと思うが、わたしの場合は、あらゆることの中から美しさを見出したい、見出した美しさをあじわって愛でたい、と感じる。

あじわうだけでとてつもなく幸せを感じるし、逆にどんなに成果を出していても充実しているように見えても、あじわえなければ空虚な気分なのだ。

noteを書くことで自分をあじわう時間をつくる

今は変化が激しい時代だ。情報もまるで土砂降りのように降り注いでくる。対応したり受け取ったりするだけでも忙しい。

そんな中で、ふと立ち止まって、自分の行動をひとつピックアップしてあじわう。それがきっと、わたしの「美しさを愛でたい!」という欲求を満たしてくれると思うのだ。

もしかしたら、この note というサービスのシンプルさが、すでにわたしの「愛でたい」欲求を満たしてくれているのかもしれない。