[読書メモ]脳は世界をどう見ているのか(ジェフ・ホーキンス)

ジェフ・ホーキンス

この人の経歴が興味深い。

大学で電気工学を学んでインテルに就職した頃にフランシス・クリックの小論を読み、人生を脳の研究に捧げることを決める。

しかし、脳が知能を生み出すメカニズムを解明するという野心的な研究テーマはMITでもUCバークレーでも受け入れてもらえず、二年間大学の図書館で神経科学の論文を数百本読み独学する。

その後、変化が必要だと感じて産業界に戻る。タブレット型コンピュータを開発し、シリコンバレーで起業。

さらに10年後、会社の成功で得た資産を使って、レッドウッド神経科学研究所を設立。10人の研究者を抱えて研究を始める。その研究所は三年間運営されたのち、UCバークレーに移された。

そして数人の同僚とともにヌメンタという研究会社を設立。それから15年以上、ホーキンスはヌメンタで研究を続けている。

研究をするにはお金が要る。研究そのもののためにも自分自身の生活のためにも共同研究者を雇うためにも。経済の問題はアカデミアにいるほとんどの人たちの悩みだろう。

ホーキンスは本格的に研究をするために自ら起業して10年がかりで成功を掴み取り、その間も脳研究への熱意を消さずに持ち続けて、築いた莫大な資産と自分の残りの人生を研究に注ぎ込んだ。自分にもそうしたいと思うことはあったが、本当にそんなことをやりのけてしまう人がいたということに驚きを禁じ得ない。

知能の基本単位

新皮質はコラムと呼ばれる2.5立方mmくらいの柱状の基本構造をもつ。ひとつひとつのコラムには約15万個の神経細胞が詰め込まれており、そのコピーがずらっと新皮質全体を埋め尽くしている。

新皮質には視覚、聴覚、触覚、言語などを担当するモジュールがあることが知られており、それぞれのモジュールでは異なる処理が行われると思われてきた。確かに、視覚のクオリアと触覚のクオリアは全然違うのだから、行われている処理も違うと考えるのが自然だろう。

しかし、皮質のコラムの構造はどの部位でもほとんど同じであって、これは全てのモジュールに共通の処理が存在することを示唆していると、ホーキンスは考えた。

座標系によるモデリング

その共通の処理というのが、世界を座標系を使ってモデリングし、予測を行うというもの。

座標系でモデリングするというのが分かるような分からないような微妙な感じではある。この本によると、物体に局所座標を貼っているのがいわゆる「What回路」で、自分の体に座標を貼っているのがいわゆる「Where回路」。

そして皮質コラムはそのモデルを使って絶え間なく予測を行っている。予測を担うのは遠位シナプスという、細胞体からの距離が遠すぎて活動電位を引き起こすには出力が足りないシナプスの集合。このシナプスが何をするのか長年分からなかったのだが、これは予測に対応する活動だという。ある入力を予測した細胞は、その予測に合致する入力がきた場合に通常よりも早く反応するようになる。予測に対応する活動電位はひとつの神経細胞内にとどまり、他の神経細胞に信号を送ることはない。なので、いつも予測を行っていることを本人は意識しないのだという。

1000のモデルの投票

座標によるモデルは一つではない。数えきれないほどの数のモデルが備わっている。親指の先からの入力をもとにコーヒーカップをモデリングする皮質コラムもあるし、人差し指の先からの入力をもとに同じコーヒーカップをモデリングするコラムもある。

そういった無数のモデルによる予測が統合されてひとつの知覚が出来上がっているのだが、その統合はどのように行われるのか。

神経細胞にはかなり遠いところまで軸索を伸ばすものがある。ホーキンスによると、この長距離の軸索は個々のモデルが自身の予測結果を「投票」するのに使われている。同じコーヒーカップに対する何千ものモデルが投票をして、多数決なのか何かしらの重みづけがあるのかそのあたりの詳細は分からないものの、それによって知覚が統合される。

サッカードのように外部からの入力が変化しても知覚が安定しているのは、この投票のメカニズムが存在しているからだという。入力の変化によって予測は絶え間なく変わるが、数千のカラムからの投票が集計されたその結果は変化しない。

分離脳によって複数の知覚が生じているようにみえることがあるのは、投票結果が複数の場所で集計されてしまうからなのかもしれない。


面白かったが、「座標系」が具体的に何を意味するのかとか、「投票」が起こっていることは何から示唆されているのかといか、そのあたりは一般向けの書籍なので省略されている。論文を読んでこのアイデアの根拠となる実験がどういうものだったのかを知りたい。

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