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愛情の本質に迫る:人間関係と価値観

心と身体の関係性が影響を及ぼす体調不良には、人とのつながりや愛情に関係する事柄も少なくありません。「愛情」や「愛」が大切であるということは共通しているものの、その中身はさまざまで、時には自分の都合による狭い「愛」の捉え方や考え方によって、相手を縛り、自分をも苦しめてしまうことがあります。多くの人々は「愛の本質」について深く考えることなく、「愛」に関する人間関係や出来事に悩まされることが多いのではないでしょうか。

PCRT認知調整法のあるセッションの中で、「自分は本当に相手のことを好きなのだろうか?」「過去に、自分が一番辛い時期に相手は自分から距離を置いた時期があった・・またいつか同じことが起こるのではないか?」「相手の自分に対する愛情は本当なのだろうか?」など、相手や自分の本当の愛情についてモヤモヤすることがあるとのことでした。

そこで、「本当の愛情とは何なのでしょうか?」と質問したところ、しばらく考えた後、笑いながら「そうですね。本当の愛情とは何なのでしょうかね・・」と返答されました。恐らく多くの人々は「本当の愛情とは何か」という問いに深く考え、その答えを持っている人、あるいは簡単に答えられる人はいないと思われます。もし、自信をもって「その答えを持っている」いう人がいるなら、「大丈夫かな?」と、逆に心配になるのではないでしょうか。

愛情にはさまざまな種類があります。「親子愛」「兄弟愛」「友人愛」「恋愛」「動物愛」「自然愛」などさまざまな「愛」が存在します。特に人間関係に関する「愛」は複雑です。なぜなら、花を愛する、山を愛する、海を愛するなど自然への愛情は一方的なものですが、人と人との関係性による愛は双方向で成り立っているため、複雑化する傾向があります。特に恋愛にはさまざまな解釈が存在します。

一般的に、恋愛して結婚し、一生のパートナーとして連れ添う夫婦が、パートナーとして選ぶ理由について語る時、多くの人は「価値観が合うから」と表現しますが、価値観とは何なのでしょうか?価値観は、個人にとって何が重要であるか、何が望ましいかについての基本的な考え方を指し、その時々の時代や文化により異なり、人々の行動、選択、目標設定に影響を与えます。

たとえば、戦時下では「安全、安心、安定」が重要な価値観となり、どのようにして戦時下を生き延びるかが最重要課題となります。その一方で平和な時代には自己の存在感や承認、自己実現、健康などが重要な価値観となります。このように時代や文化によって価値観は変化しますが、本来その人が持っている重要なもの、大切にしているものは変わらない傾向があり、自分が本来大切にしている価値観に沿って生きていると、心の充足感や満足感は高まる傾向があります。

恋愛関係において、価値観が合うからといってうまくいくとは限りません。価値観の違いが二人の絆を強くする場合もあります。例えば、戦時下や自然災害時において、互いに苦しい状況を協力して乗り越えていく場合、その時の互いの価値観が共有されやすく、気持ちが通じ合える感覚を味わうことができます。

その一方で、平和で安定した時期の男女の関係性において、一方の人の価値観が仕事を通じての「成長や貢献」、他方の人の価値観が「家庭やつながり」である場合、互いの価値観は異なります。しかし、その違いがうまく調和するケースも多々あります。また、戦争や自然災害など困難を通じて生まれた恋愛の場合、困難を乗り越えていく過程で共通した価値観が恋愛の絆を深めていきますが、その困難が過ぎた際に、共通していた価値観や信念が変化し、関係性が複雑になることもあります。

一般的によくある話では、子育てを終えた頃の夫婦の価値観や信念の変化、あるいは会社を退職する際の夫婦の価値観や信念の変化に黄色信号が点滅することが多い傾向があります。例えば、40年以上会社勤めをしていた夫が退職し、毎日家にいるようになると、夫婦間における存在感や愛情に関する信念が揺らぐことが少なくなく、それを機に関係性が悪化するケースもあります。

また、恋愛は、同棲や結婚を経験している方なら理解できると思いますが、最初の出会いでは、お互いに嫌われないように、できるだけ「いい人ぶり」を全面にだして、ある種の仮面をかぶって付き合いが始まります。付き合いが深まり、生活を共にするようになると、お互いの仮面が少しずつ剥がれて、素の自分が現れてきます。その時、最初の「愛情」の性質がどのように変化しているかを客観的に解釈することが肝心です。

「最初の頃は良かった…」というのはお互い様であり、年齢や経験とともに互いに変化します。その変化が自然の関係性のプロセスであると理解することが大切です。「愛は永遠に変わらない」というセリフが何かの映画やドラマに出てきた記憶がありますが、それはあくまで一部の場面を切り取った架空の世界であり、現実には「愛は常に、時と場合によって変化するもの」と解釈することが大切です。

心は自然界と天候と類似していると私は思います。晴れの日もあれば、雨の日もある。時には台風が来たり、大雨で災害を生じさせたりします。自然界が永遠に晴れなどあり目ませんし、晴れが続くと干ばつでさまざまな災害が引き起こされます。愛情に関係する心も同様に、喜怒哀楽が適度に表現されて、心の健康循環が保たれているのです。

泣きたい時には泣き、怒りたい時には怒る。もちろん、過度に怒ることは禁物ですが、無闇に自分の感情に蓋をして押し込めないことです。そして、なによりも、何日も、何ヶ月も引きずらないことです。できるだけ早期に切り替える術を学んでいくことが大切です。恋愛関係も同様に、毎日が薔薇色の世界のような晴天が続くというのも不自然ですので、適度な距離と、刺激の強弱は工夫することが、長続きする秘訣かもしれません。

一般的に言われているような、価値観が合うから恋愛がうまくいくというよりも、価値観の違いを認め合うからうまくいくということだと思います。恋愛関係や夫婦の関係がうまくいかなくなる理由の多くは、価値観よりもむしろ、個人の「信念」が影響することが多いようです。信念とは「〇〇であるべき」という意識的にも無意識的にも信じているルールのようなものです。自分のルールと相手のルールが噛み合わないことが多くなると、関係性がぎくしゃくしてうまくいかなくなる傾向が生じます。

例えば、「自分はこんなに愛情を示しているのだから、相手も同様に示すべき」「過去と同様に愛されるべきだ」「愛情は永遠に変わらないはず」など、自分でも意識していない無意識化のさまざまなルールが隠れています。そして、そのルールに反する現実に直面すると心がモヤモヤし、関係性がぎこちなくなることがあります。この恋愛に対するルールは、誰もが偏っていたり、自分にとって都合の良いルールであったりすることが多いでしょう。ただ、自分にとって都合の良いルールが良いとか悪いとかいうよりも、そのことを知ることが大切です。

そのような「愛」について考える際、愛を3つのレベルで知ることができます。

レベル1は、一方的に得るだけの「愛」(得るだけの愛)。
レベル2は、お互いにギブアンドテイクする「愛」(見返りを期待する愛)(双方向の愛)。
レベル3は、一方的に与えるだけの「愛」(無償の愛)(無条件の愛)。

このように愛のレベルを見ると、レベル1の愛は程度が低く、レベル3の愛は高尚に感じられるでしょう。ただ、人間の心は常に揺れ動き、時と場合によっては、無条件の「愛」であったり、自分だけが得する「愛」であったりすることも自然なことです。現在の恋愛がどのレベルにあるのかを振り返ると、多くの方は恐らく双方向の愛でうまく恋愛関係が成立しているのではないでしょうか?

言い方を変えると、「ギブアンドテイク」の恋愛ルールが破られると恋愛関係がうまく成立しなくなるでしょう。大切なのは、自分にとっての愛情とはどのような意味があるのか、どのレベルの愛情なのかを深く振り返ることです。多くの人は、漫画や恋愛ドラマなどを基準にした非現実的な解釈で定義された愛に基づくことが多く、「愛」について深く考えることなく歪んだ認知に基づく恋愛に悩まされることがしばしば見受けられます。

「私はこれだけあなたを愛しているのに、あなたは答えてくれない」というのは、恋愛ドラマなどでよくあるフレーズです。これは一般的にもよくある恋愛関係における不満の理由の一つだと思います。これはシンプルに言えば、レベル2のギブアンドテイクの恋愛関係性に不調和が生じている現象で、与えた愛に対して見返りがないことに対する不満を述べています。このように愛を心の構造として捉えると、「無条件な愛を目指さなくてはいけない」と思うかもしれません。しかしながら、厳密にいうと、理性を持つ人間の脳は、さまざまな条件付けによって構成されており、条件なしに人を愛するということは、恐らく脳科学的にも不可能なのではないでしょうか?

例えば、生まれたばかりの乳幼児の場合、脳の発達が十分でないため、学習された条件付けは少なく、本能的に無条件に愛情を示します。そのような乳幼児の本能的な無条件の愛に対して、親も無条件に愛を示すという傾向があります。そして、子供がさまざまな経験や学習を通じて成長していくと、さまざまな「条件」が組み込まれ、条件付きの愛へと変化していきます。そうすると、乳幼児の時の無条件の愛情ではなく、条件付きの愛情へ変化します。このように親子愛も年齢とともに進化していくのです。

漫画やドラマなど「純粋な愛」「本物の愛」を描いたストーリーに感化されて、それを基準に愛とは何かを考える人も少なくはないでしょう。しかし、そのような一部の場面を切り取ったドラマを基にして、あたかも無条件に人を愛することが「本物の愛」であると思い込んでしまうと、理想と現実が合わなくなり苦しいものになるでしょう。あえて言えば、恋愛の多くはギブアンドテイクであり、「条件付きの愛」であるということを客観的に認識すべきです。ギブアンドテイク、条件付きといってもさまざまで、お金や物品のやり取りを指しているのではありません。それは目には見えない、隠れた価値観や存在感が作用している場合もあります。

このように多くの恋愛は、何らかの条件付きの愛が隠れており、その条件は人それぞれで、分かりやすい条件もあれば本人も気づかない隠れた条件が多々あるということです。日本で男性と女性が結婚するために重視する条件のランキングは、さまざまな調査や研究によって異なりますが、一般的な傾向を示すことができます。以下は、AIが示す日本における結婚の条件としてよく挙げられる項目のランキング例です。

男性が結婚相手に求める条件

外見・容姿: 外見の良さやスタイルの良さを重視する男性は多いです。
性格・人柄: 優しさ、誠実さ、ポジティブな性格が求められます。
家事能力: 料理や掃除など、家庭をしっかりと支える能力を求める傾向があります。
相性: 一緒にいて楽しい、気が合うことが重要です。
家庭的な価値観: 家族を大切にする価値観を共有することが求められます。

女性が結婚相手に求める条件

収入・経済力: 経済的に安定していることが重要視されます。
性格・人柄: 優しさ、誠実さ、責任感のある性格が求められます。
外見・清潔感: 清潔感があり、外見にも気を使っていることが好まれます。
仕事・キャリア: 仕事に対する姿勢やキャリアの安定性が重視されます。
相性: 一緒にいて楽しい、気が合うことが重要です。

このような分かりやすい結婚や恋愛に対する条件は理解しやすいですが、PCRT認知調整法で深掘りしないと出てこない無意識的な条件が隠れているケースもあります。例えば、ある方は人を助けることを自分の喜びとするような慈悲の価値観を持っている人がいる場合、一見すると無条件の愛のように思われるかもしれませんが、相手を助けることが条件となり、それが愛情に紐付けされます。もしも、相手に何も問題がなくなると助けが必要でなくなり、その助けに紐付けされた愛情も薄れてくる傾向が生じます。このような隠れた条件付けは自分で分析することは難しいのですが、このような隠れた条件付けも心の動きに大きく作用しているのです。





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