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【小説】 オオカミ様の日常 第3話 「オオカミ様は呆れる」

 「そろそろ着きそうだね。」

 オオカミ様の背中から、タマは自分の住んでいた街を見下ろした。いつも日向ぼっこをしていた自分の元住処だった寺を見つけると、自分の街に戻ってきたことが分かった。カナエは、自分の住んでいた街や通っていた学校を指差しては嬉しそうにタマに教えてあげていた。

 自分の社から大空を駆けていたオオカミ様は、目的地である街の端にある小さな祠を見つけると、ゆっくりと下へ下へと向かっていった。祠の前にある塗装が剥げかけた赤い鳥居の前へと着地した。ゆっくりと前足と後ろ足を折り曲げて、カナエとタマに降りるように伝えた。

 「さて、ここが今日からお主たちの住処となる場所じゃ。ミカから色々と聞いているかもしれぬが、ひとまず中に入ってみるかのう。」

 オオカミ様はそう言うと、鳥居の真ん中をくぐらせるようにふうっと息を吹いた。しかし、特に何か変化が起きたわけでもなく周りの景色も何一つ変わっていなかった。カナエとタマは不思議そうに鳥居を眺めた。

 「では、ついてきなさい。」

 オオカミ様が鳥居の下を通ろうとした瞬間、鳥居の中の景色が一変した。先ほどまであったみすぼらしい小さな祠は、鳥居を通して見ると非常に立派なオオカミ様と同じくらい大きなやしろになっていた。オオカミ様の後についていく形でカナエとタマも鳥居をくぐると、社の前に立ち尽くした。

 「すごい…。」

 生前に見ていたあの小さな祠が、実はここまで立派なものだとは想像もつかなかった。社の入口は、立派な門が構えられており、その上から奥にある本殿が少しだけ見えていた。

 「お主たちも知っての通り、生き物たちが見ているのは小さな寂れた祠じゃ。しかし、わしら神々から見ると生き物たちと違い、このように立派な社となって存在する。」

 オオカミ様は社の入り口にお座りの姿勢になり、カナエとタマに今起きた出来事の説明をした。

 「こんなに立派だったなんて…。」

 カナエは呆然と立ち尽くしたままだった。

 「社が立派なものとなるか粗末なものになるかは、大きく二つの条件によって左右される。一つ目は、参拝する者の数や信仰心によって変わる。つまり、参拝者が多いほど信仰心が集まり、その信仰心が神力じんりきとなって我々や社へと還元される。二つ目は、神々が持つ神力によって変わる。どんなに信仰心を集めた神様も、自身に神力が足りていなければ小さな社のままとなる。逆に、この社のように参拝者が少なく手入れも行き届いていないような場所でも、ミカのような神力の強大なものが住めば立派なものとなる。」

 ”それにしても大きい社じゃな。” と、オオカミ様は誰にも聞こえない小さな声で呟いた。

 「では、中に入るかのう。」

 オオカミ様を先頭にして歩き始めた一行は、目の前の立派な門をくぐると、玄関口から中に入ることにした。中に入っていくと、長くまっすぐと続く廊下の左右に部屋が幾つか分かれている作りとなっていた。オオカミ様は、廊下を真っ直ぐ進んでいき、突き当たりの襖を神力で開いた。

 「うわあ…。」

 襖を開けた先の光景を見たオオカミ様たちは、目の前に広がる惨状に言葉を失っていた。

 本来ならば大広間として客人を出迎えたり仕事で使用しているであろうその部屋は、ミカの脱ぎ捨てた服や私物があちらこちらに散乱しており、個人部屋のような生活感が溢れていた。

 「あやつは…。」

 オオカミ様は大きくため息をつき、足の踏み場を見つけるのも一苦労しながら奥へと進んだ。カナエとタマもオオカミ様の歩いた跡に沿って、奥に置かれていた一人掛けの椅子へと辿り着いた。

 「本来ならば、ここに座って客人と面会をしたり、頼み事や相談事を乗ったり、神様としての仕事を行う場所である。」

 オオカミ様は、椅子の背もたれに無造作にかけられていた羽織のようなものを咥えると、すぐ近くの床へと投げ捨てるように置いた。

 「まったく。よいか、お主たちはこのようなことなく自分のものは自分の部屋にきちんと片すように。神様としての自覚と矜持は常に保ち続けなければならぬ。では、それぞれの部屋を見に行くか。」

 再び散らかっている床のものを踏まないように気をつけながら歩いた。そして、大広間を出てすぐ近くの部屋へと入ろうとした。大広間と同じように引き戸を神力で開けようとしたオオカミ様は、少し嫌な予感がした。

 バサバサッーっと音を立てながら、少し開いた引き戸の隙間からミカの私物が溢れ出てきた。引き戸のすぐ前に立っていたタマは、あやうく私物の波に飲み込まれるところだった。

 オオカミ様は何も見なかったことにしたのか、飛び出てきた私物たちを神力で部屋に押し戻すと黙って引き戸を閉めた。

 「次の部屋はどうじゃろうか。」

 オオカミ様が次の部屋の引き戸を開けようとした時、廊下の先から大きな声がしたと思ったらドタドタと足音を鳴らして近づいてくる者がいた。

 「来るなら言ってくださいよー!」

 ミカは、小走りで駆け寄ると少し息を切らしながらオオカミ様に言った。そして、カナエとタマに気づくといつも通りの笑顔を見せた。

 「カナエちゃんにタマだー!無事に神様になれてよかったね!おめでとう!これからこの街をよろしく頼むね!」

 ミカは、カナエとタマが神様に成れたことをお祝いした。そして、オオカミ姿のままのオオカミ様の姿を愛おしそうに見つめると、オオカミ様に注意をするように話し始めた。

 「オオカミ様、女の子の部屋に勝手に上がり込んではいけませんよ。来るならば、せめて一言だけでも言ってください。女の子は色々と準備が必要なんですから。」

 ミカは、普段から自分が片付けをしていないことを棚に上げて、いきなりやってきたオオカミ様に忠告した。オオカミ様は、今日は負けぬぞ、と意気込みミカに言い返した。

 「”女の子” である前に、お主は ”神様” じゃ。いついかなる時も、神としての威厳を保っておらねばならぬ。そのためにも、自分の社も常に清潔に品格を持って管理するべし。そう何度も教えておるはずじゃ。」

 ミカも今回こそは言い返せぬだろうと、オオカミ様は得意げにフフンと鼻を鳴らした。ミカも反論することなく黙って話を聞いていた。

 「分かりましたよ。ごめんね、カナエちゃん、タマ。今すぐに片付けるから、ちょっと待ってて。」

 ミカは人差し指をピンと伸ばした指先を床に向けた。次の瞬間、指先からビリビリと静電気のようなものが発生したと思ったら、バリバリッという音と共に社全体が一瞬だけ光った。カナエとタマは眩しさのあまり目を瞑ったが、目を開けるとそこに散乱していたミカの荷物が綺麗さっぱりと消えていた。

 「はい、これでいいでしょ、オオカミ様。」

 ミカは両手を広げて、綺麗になったでしょ、とオオカミ様にアピールをした。オオカミ様は呆れたようにため息をつくと、あたりを見回してからコクリと首を縦に振った。

 「それは何ですか。」

 カナエは、ミカの足元に転がっていた黄金に光り輝く錫杖を指差した。その錫杖は黄金で作られており、頭部には色とりどりの宝石が散りばめられていた。

 「ああー!やっと見つけた!さすがにこれは私の力では御ししきれないか。」

 ミカは足元に転がっていた錫杖を手に取ろうとしゃがむとゆっくりと恐る恐る手を伸ばした。すると、錫杖からビリビリと電気が放たれた。イテテ、と言いながらミカは錫杖を手に持って再び立ち上がった。

 「そんなものもお主は持っていたのか。」

 オオカミ様は、ミカの右手に握られた錫杖を見た。

 「いやー、クチナワ様が貸してくれたんですけど、私には扱うのが難しくて結局あまり使ったことないんですよね。」

 ミカは錫杖を眺めてそう言った。

 「それもそうじゃろう。お主は一応 ”恋愛” を司る神様だから、”富” を司るクチナワの神具しんぐは扱いが難しいじゃろう。ましてや、クチナワも立派な大神じゃからな。」

 オオカミ様は、自分と同じく古い時代から大神として君臨しているクチナワの神具から感じる神力の強さをひしひしと感じていた。

 「神具しんぐって、私たち人間が神様にお供えする道具のことじゃないのですか。神様が使う道具のことも神具というのですか。」

 カナエは、神具について尋ねてみた。

 「おおそうか、説明がまだじゃったのう。”神具しんぐ” は、本来はわしたちのような神々が、何かしらの道具に神力を込めてお主たちの生き物に渡したものを指す。それを使った者は、神具に込められた神力の種類によって様々な恩恵を授かることができる。そして、使った者は感謝を示すために神具と御供物をして、わしたち神様にお礼を言う。それが神力となって我々に還元されていくのじゃ。それが時代と共に意味が変わっていき、今ではお主たち人間が神棚に祀るものや祭祀に必要な道具を指す言葉になったのじゃ。わしたちの世界では、昔と変わらず ”神が神力を込めた道具” を神具と呼んでおる。」

 オオカミ様は、カナエに丁寧に説明してあげた。カナエは説明を聞くと、オオカミ様から貰った紙と筆を取り出して忘れないようにメモを取った。

 「そうだ。カナエちゃん今から時間ある?この錫杖を返しにクチナワ様のところに行こうと思うんだけど、良かったら一緒に来ない?」

 ミカは持っていた錫杖を握りしめたままカナエに提案した。

 「ついていっていいんですか?」

 「もちろん。大丈夫よ。オオカミ様だって一緒だし。」

 オオカミ様は勝手に自分もついていくことになっていて驚いた。

 「なぜ、わしも行くのじゃ。」

 「だって、オオカミ様に連れて行ってもらったほうが早いじゃないですか。それに、クチナワ様にカナエちゃんを紹介したほうが、私もオオカミ様も安心だと思いますよ。」

 「お主が連れて行けばよいじゃろう。」

 「”あの姿” になった私だとカナエちゃん1秒で失神しちゃいますよ。私、 ”あの姿” の自分はあんまり好きじゃないんです。オオカミ様みたいにもふもふ姿だったら可愛いのに。」

 ミカはオオカミ様の頭を撫でた。

 「うーむ。仕方ないのう。」

 オオカミ様が渋々OKを出すと、ミカは喜んでオオカミ様に抱きついた。オオカミ様は暑苦しそうにミカをどかそうとした。

 「じゃあ、早速行こうかしら。タマも来る?」

 「僕はいいやー。自分の住むこの家を色々と見て回りたい。カナエちゃんと僕の部屋も決めておくよ。」

 タマは、自分はここに残って社の中を探検すると言った。すると、心配そうにオオカミ様はとある懸念について語った。

 「先ほども説明したように、社は ”そこに住む神様” の神力によっても変わるのじゃ。ミカの神力が及ばなくなったこの社は、どのように変化するか笑かぬ。いきなり大部分が崩壊するかもしれぬので、少し社の外を散策するとよい。」

 オオカミ様の話を聞いたミカは、カナエとタマにここは大丈夫だと伝えた。

 「カナエちゃんとタマには私の神力だけじゃなくて、他の神様からもらった神力も分けてあるから、この社もこのまま同じように使って大丈夫だよ。開けたい扉とかあれば、頭の中で念じれば思い通りに開くから好きに探索してみて。」

 「お主、先日は自分の神力を分け与えたと申したではないか。嘘を申したというのか。」

 「あら、私がもらった神力も含めて私の神力ですわ。だから、何一つ間違ったことは言っておりません。さ、早く行きましょう。」

 オオカミ様は、ミカの屁理屈ともとれるその言い分を呆れたように聞いていた。そして、ミカに促されるままカナエとミカを背中に乗せると、タマを社に残しクチナワの社へと向かった。

 カナエは、メモを取り出すと先ほどの内容を見返してから、再び大切そうにポケットへとしまった。

・社の大きさは、
  ①人々の”信仰心”
  ②住む神様の”神力”
  この二つに影響される
神具しんぐとは、神力が込められた道具のことをいい、使用者は道具に込められた神力の種類によってさまざまな恩恵を受ける。また、使用者は、神具と共に神様へ感謝を示すことが一般的である。


 

 

 

 

 

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