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春宵を駆ける少女

 久しぶりに陸橋を越えて、ホームセンターへと買い物に行った。最近は休みの前日に酒を飲み過ぎているので、休みの日に起きるのは決まって午後だった。

 平日の午後3時くらいの街というのは、時短勤務のお母さんもいないので何処も比較的空いている。

 ホームセンターを何周もして、自分の頭の中の欲しいものリストに次々と商品を放り込んでいると、すでに時間は夕方を過ぎていた。

 久しぶりに牛丼でも食べたいと思い、ホームセンター近くにある牛丼チェーン店に入り、ささっと食事を済ませた。

 結局、何も買わずにお腹だけを満たして帰宅することにした。

 帰り道。行きと同じ陸橋を渡ることはせずに、陸橋脇にある道を通って帰ることにした。人が1人通れる程度の踏切しかないため、この脇道を通る人は殆どいない。

 その踏切には、何故か錆び付いた少し大きいペンキ缶のようなスチール製の缶があった。いつも、タバコの吸い殻やコンビニのゴミが入っているが、定期的に誰かが中身を空にしてくれている。

 喫煙者である自分もここによくお世話になっていた。路上喫煙が禁止されていないけれど、他の通行人がいない時しか吸っていない。

 しかし、久しぶりに踏切へ歩いていくとそのスチール缶はすでに撤去されていた。こういう街中にある昔から何気なくあったものが無くなっていた時の、この何ともいえない喪失感は生きている限り不定期的にやってきて、心に雫一粒分の穴を空けていく。

 諦めて踏切を渡ることにした。渡った先には、脇道と陸橋をひっそりとつなぐ階段がある。ここも個人的な喫煙スポットの一つだった。階段の構造上、陸橋へと煙が上がりにくく、陸橋の脇にも人の背丈以上の壁というか柵のようなものがあるため、陸橋を歩いている人にも迷惑が掛からない。

 よし、たまにはあそこで吸うか。そう思いながら踏切を渡り切ると、目の前を1人の少女が足早に駆けて行った。夕陽も落ちかけて辺りが暗くなり始めた頃だったため、少女の着ていたグレーのパーカーも少し目立った。

 駆けて行った先は、タバコを吸おうと思っている脇道の階段だった。そして、そこには彼氏だと思われる少年が既に階段に腰掛けていた。

 「お待たせー。」

 そんなやり取りを少年と少女はしていた。いけないことだとは思いつつも、ついつい2人のほうをチラッと見てしまった。

 付き合いたてのような雰囲気で、お互いにつかず離れずの距離で隣同士で座って、周りに聞こえないようにヒソヒソと会話をしては笑っている。きっと、誰にもバレないようにこの場所を使っているのだろう。

 そんな初々しいカップルの近くで堂々とタバコを吸うような無粋なマネもできないので、そのカップル達の事が気になりつつも家に着いた。

 誰とでも簡単に連絡が取り合える今、それでも周りの目を気にしながらも2人きりの時間を楽しんでいる若いカップルを見て心が満たされた。

 肺ではなく心を満たすのも心地良い。

 春宵の爽やかな風と若いカップルのおかげで、心がほっこりとした。

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