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街風 episode13 〜職業 「神様」 〜

 この街に来てからどのくらいが経っただろうか。もう100年近くは過ぎているはずだと思う。

 大神様の気紛れで私は何も無いこの街に飛ばされてきた。私がやって来た頃には電車も通っていなくて他の街と繋がる道も狭くて不便だった。それがみるみるうちに電車も開通して私の目の前に広がる幹線道路も整備されていった。きっと私が不貞腐れていたのを見兼ねた大神様が気を遣ってくれたんだろうか。でも、私がいる祠はもうボロボロになっている。街の外れにひっそりと佇むこの祠は、一応の管理はされているけれども建て替えられる予定は無いらしい。でも、私もそろそろ次の街に行く時期だから丁度いいのかもしれない。

 神様といっても何でも願いを叶えられるわけではない。人間の職業のように神様にもそれぞれ司るものがあり、恋愛の神様に商売繁盛を願っても叶えられる可能性は低い。頼ってくれるのは有難いことだからこそ、願いを受けた神様は、他の神様に相談をする。あとはその神様が願いを叶えるかどうかを決める。それこそ”神のみぞ知る”ということ。そして、神様の力は人々の信心によって決まる。それこそ、立派な神社にいる神様はそれだけ力も強い。でも、私のように特定の場所に留まらずに転々としている神様もいる。そういう私のような神様は力が弱いかといわれたら一概にそうとは言いきれない。自慢ではないが、私の今までの仕事ぶりは大神様たちの間でも一目置かれている。数百年前から大神様への昇格の話もあるが、私は転々としながら誰かの恋愛を見守る今の生活に満足しているので、毎回お断りをしている。でも、私の上司の大神様の気紛れさには困っちゃうけれど。

 そんな私の司るものは「恋愛」だ。この街に住む人々の恋愛が上手くいくように色々と行っている。もちろん、すべての願いを叶えることはない。お互いが最良といえるパートナーと引き合わせて家族になるお手伝いをしている。だから、例え今が最高だと思っているカップルがいても、その2人の将来や周りの人々の幸せを考えた時にあまり良くない結果が待ち受けている場合には、私は何もせずにただただ見守っているだけ。別れさせることは絶対にしない。それこそ神様の職権乱用だし、誰も幸せになれない。だからこそ、私は祠にやって来てくれた人々を中心に恋愛を通して幸せになれるようにサポートをしている。こうやっていうとすごく立派で色々とやっているように聞こえるけれど、実際は毎日ここで人々が行き交う姿をぼーっと眺めていたり、街中にいってみんなの恋愛を見守ることも多い。でも、その中でも悲しい別れも沢山ある。私1人ではどうしようもないこともあるとは分かっていても、幸せそうな男女の別れは見ているだけでも辛い。それも死別であるなら尚更だ。

 「ここだよ。」

 「うわー、すごい古い祠ですね。」

 その声に気づいて重たい瞼を開けると一組の男女がいた。とても綺麗な顔立ちをしている女性と優しそうな男性。あれ、どこかで見たような気がする。私は、両目を擦りながら2人に近づいた。

 「この街にもこんな場所があったんですね。道も平坦だし散歩コースとしては最高ですね。ダイスケさんはよく来るんですか。」

 「今は滅多に来ないね。でも、ここは雰囲気が好きなんだよね。それとね、ここの神様はすごい神様らしいよ。だから、マナミさんも何か願い事をしてみなよ。」

 マナミさんという名前の女性は、さっきからダイスケさんへ温かい気持ちを持っているのが伝わる。人間にも他の神様にも見ることのできない”好き”という気持ちが私は見ることができる。その一方でダイスケさんと言われている男性は全く気持ちが無いわけではないけれど、今にも消えそうなロウソクの火のようにとても弱くて小さい。こういう人は最近とても増えた。自分から自分の世界に閉じこもってしまって、周りとの関係も諦めてしまい結ばれるべきはずの異性とも自ら関係を絶ってしまう人。私は、そういう人たちを無理に外の世界に出したり、誰かと無理やり結ぶことはしないので、その人が自ら前に進むまでを待つ。

 「何をお願いしようかな。ここは何の神様が祀られているんですか。」

 マナミさんは、また温かい気持ちと一緒にダイスケさんに言葉を投げかけた。

 「ここは、”恋愛”を司っている神様がいるらしい。僕も知人から聞いただけだから本当かどうかは分からないけれどね。その人曰く、”ずっとここにいるわけではなくて100年前にやって来た神様で、ある程度の役目を終えたらまた違う街に行ってしまう”らしいよ。だから、今のうちにお願い事をしといたほうがいいよ。あと、神様は女の人でとても美人なんだって。」

 ダイスケさんの話を聞いて驚いた。どうしてそこまで私のことを知っているんだろうか。私と会話できる人はごく稀にしかいない。霊体を見ることのできる霊感を持つ人はよく聞くと思うけれど、私たち神様を見ることができる力を持つ人たちはさらに少ない。私は頭の中でずっとダイスケさんを思い出そうとしていた。

 「そうなんですね、恋愛か。」

 マナミさんは、そう言うと私に向かって手を合わせて祈った。

 「(ダイスケさんと結ばれますように...)」

 そうだよね。私はマナミさんの願いを聞き取りながら頷いていた。でも、相手のダイスケさんとの未来を見ようとしても深い霧が立ち込めて見えない。こういう事はたまにある。神様である私にも未来が見えないくらいに、どちらかの心に何か問題がある時だ。こういう時は、その問題を解決することが一番だが、私で解決できないこともあるので、そういう場合は黙って見守ることしかできない。

 「ダイスケさんはお願い事しないんですか。」

 目を開けて合わせた手を下ろして、マナミさんはダイスケさんを振り返って聞いた。ダイスケさんは優しく寂しそうな笑顔をマナミさんに向けていた。

 「僕の願いは恋愛の神様でも叶えられないからね。そうだ、この後に海沿いのカフェに行かない?」

 ダイスケさんは、マナミさんにそう言うと祠を背に歩こうとした。

 思い出した。ダイスケさんってあのダイスケさんだ。あれから数年経って落ち着きも増しているけれど、今のダイスケさんは心にぽっかりと穴が空いているように見える。やっぱり、カナエちゃんとの出来事が大きかったんだろう。

 あれは今から何年前だっただろうか。

 「ここだよー。」

 若い男女がやってきた。ダイスケくんとカナエちゃんはいつも仲良く歩いているのが印象的で、2人の周りには”好き”という温かい気持ちが常に溢れて漂っている。カナエちゃんは、私の事を知っている数少ないうちの1人。彼女のおばあちゃんが若かりし頃に私が見えており、毎日のように2人で色々とおしゃべりをしていた。その時に私の事も話した。彼女が孫であるカナエちゃんを連れて散歩していた頃が懐かしい。彼女はずっと昔に天国へ旅立ってしまったが、孫のカナエちゃんはこうやってたまに私のところに遊びに来てくれるのが嬉しい。私のことは見えていないのに、いつも色々と話しかけてくれる。

 「ここがおばあちゃんから教えてもらった恋愛成就の神様がいるところ。さ、2人で神様に挨拶しておこう。」

 「そうだね。せっかくだし。」

 「「(このままこの幸せが続きますように)」」

 2人とも全く同じ事を祈っていて、私はついついクスッと笑ってしまった。この2人が何があっても上手くいきそうだね。でも、一応はちゃんと見てみるか。

 私は2人の将来を見てみた。すると、そこにはダイスケくんしかいなかった。信じたくなかった私はもう一度2人の将来を見る事にした。結果は同じだった。こういうことは過去にも何回かあった。つまり、この2人の将来は一緒じゃないということだ。そして、ダイスケくんしか映らないということは、カナエちゃんは...。こんなに相思相愛のカップルはなかなかいないし、この2人の周りの人たちも幸せをお裾分けされているなんて滅多にない。だからこそ、こんな将来は見たくなかった。私は禁忌を破って大神様の元へ行く事にした。

 大神様は日本全国に数十人いて、さらにその上にも数人の神様がいる。人間の会社のように大神様は各地のそれぞれの神様を束ねており、それらをさらに上の神様たちが束ねている。私の大神様は、古くから人々の信仰の対象となっている山に鎮座しており、大神様の中でも歴史があるお方だ。

 「大神様。お願いがございます。」

 私は息を切らしながら、大神様に言った。

 「これはこれは、お主がここへやって来るなんて珍しい。あの街を任された時に不満を言われるのかと思っておったが、ここまで時間が経つとは。他の街に行きたくなったのかい。」

 大神様は息を切らした私を眺めながら優しい口調で声を掛けた。

 「違います。私の担当する街のとある男女についてです。周りにも良い影響を与えている2人の将来には男子だけだったのです。女子には死が待っているということです。どうしてですか。」

 私は、少し声を荒げながら大神様に問いただした。

 「ふむ、お主の言い分も分かる。だが、我々はそう簡単にこの世の理を操作する事は許されないことはお主も知っているだろう。」

 「でも、あんなに幸せなのに...」

 話を続けようとすると大神様が遮った。

 「儂もその男女を見てみよう。」

 大神様はダイスケくんとカナエちゃんの将来を見た。

 「ふむ、お主が2人を守りたい気持ちも大変痛く分かる。これほどの2人はそうそうにいないだろう。」

 「では、女子の将来を変えていただけるのですね。」

 「いや、それはならぬ。これは既に決まっていることだ。お主も神様であれば分かるだろう。我々は人々の幸せと世の中の安寧を第一に考えている。この女子の運命は残念なことだが、ここで運命を変えてしまうということは、別の誰かが同じ運命を辿ることになるだけだ。場合によっては、そのように誰かの運命を変えることもあるが今回はそのようなことはできない。お主には見えないが、この女子の役割もあるのだ。これが人々にとっての最良なのだ。」

 大神様の話は途中から聞こえなくなっていた。何を言われても2人の運命は変わらないのかと肩を落とした。

 「だが、この運命は確かに残酷すぎる。そして、このままいくと男の方も未来は暗い。たまにこういうこともあるのだ。こういう人々のためにもお主が必要なのだ。お主が見ていた将来は男がいただろうが、その男も自らの手で女子を追う未来が待っている。ここだけは儂の力でどうにかしよう。」

 どう足掻いてもカナエちゃんの未来は変えられないらしい。大神様の話の後半は何も聞こえなかった。私は、大神様に一礼をして社を後にした。

 「”恋愛”の女神よ。たまには人間ではなく動物を愛でてみよ。お主の気晴らしになるかもしれないぞ。」

 動物ね。私は大神様の言葉を背中で受けて聞き流した。

 祠に戻ってから暫くの時間をぼーっと過ごしていた。その間にもダイスケくんとカナエちゃんは2人で何度も足を運んでくれた。私は、私にできる精一杯の力で2人が幸せになれるように努力した。でも、それも途中で加減をするようになった。今ここで幸せ一杯の気持ちにさせてカナエちゃんがいなくなった時、ダイスケくんがどうなるのだろうかと不安になった。もしも後を追ってしまったらそれこそ責任なんて取れない。そう思い、私は2人の幸せな姿を見るたびに影に隠れて涙を流した。

 そして、あの日。小さな女の子を庇って自分が身代わりになったカナエちゃんの倒れた姿を見た。私の祠から近くの交差点で真っ赤な地面に横たわるカナエちゃん。ただの”恋愛”の神様である私の無力さを思い知らされた。私は、ただそこに立ち尽くすだけだった。その夜は一晩中泣いていた。手を引かれて私の元に初めてやってきた時からの思い出を振り返っていた。どうしてカナエちゃんじゃないといけなかったんだろうか。

 数日後、ダイスケくんがやってきた。スーツ姿に黒ネクタイのダイスケくんは手に持っていた花束を祠の前に置いた。

 「カナエは貴女を信じていたのに。どうしてこうなってしまったんですか。僕はあの日ここで幸せが続くように願ったのに。どうして叶えてくれなかったんですか。」

 そう言ってダイスケくんは泣き崩れた。それを見て私も涙を流した。泣き崩れたダイスケくんをさすりながら何度も”ごめんね。”とダイスケくんに言った。あれ以来、ダイスケくんの姿を見る事はなかった。私も、なるべく忘れるように日々を過ごしていた。あの出来事から私は必要以上に人々の生活に踏み入れないようにしていた。その方が私が悲しむことも少ないと知ったからだ。

 そうやって無気力な日々を過ごしていたある日、一匹のネコが祠にやってきた。名前はタマというらしい。一応は飼われているらしいが、野良猫のように自由気ままに毎日を過ごしている。タマは、ある日いつもと違う散歩コースを開拓しようとしてここへやって来た。私の事が見えているらしく、よく2人でのんびりと他愛ないことを話している。今まではネコとかは好きでも嫌いでもなく無関心なだけだったが、タマと過ごす時間はのんびりとできる。でも、未だにタマがどうしてこの街にやってきてどこが生活の拠点なのかは知らない。お互いに知らない事が多いからこそ、今ののんびりとした関係が続いているのかもしれない。

 そんなある日、タマに少しイタズラをした。いや、イタズラというか”神様の気紛れ”とでもいうのかな。よく、お守りとかパワースポットとかおまじないがあるが、あれはそれぞれの神様がそこに力を分け与えているので効果が現れる。そこで、私は自分の力を少しだけタマに分け与えることにした。タマは、その翌日から多くの人に撫でられるようになった。元から人気があったタマだったが、撫でるとご利益があると噂が広がり恋愛成就できるように願いながら撫でる人が増えたらしい。会うたびにタマの毛並みが艶を増しているのが分かった。私はタマにネタバラシして謝ると、タマは何も気にしておらずむしろ撫でられる回数が増えたことに喜んでいた。私はタマとのんびりと過ごす日が多くなっていった。

 そんな中での今日。ダイスケくんはやはりカナエちゃんのことが忘れられないようだった。カナエちゃんと一緒だった頃のダイスケくんはもっと笑顔だったのに、今目の前にいるダイスケくんの笑顔はどこか寂しげだ。マナミちゃんと幸せになれる道もあるのに、今はすべての道を塞いでしまっている。でも、あまりにも干渉しすぎると大神様に怒られてしまう。私は、ダイスケくんの後ろ姿を見届けることしかできなかった。

 数日後、私の元に一通の手紙が届いた。大神様からだった。

 ーご機嫌如何かな。其方の力が必要な街がある。そろそろこの街での役割も終えて良いだろう。こちらが落ち着いたら、其方に会いにそちらへ向かうので話でもしよう。ー

 次の街へ行ってほしいとのことだ。たしかにこの街では多くのことを経験してきた。それこそ悲しいことも沢山あった。だから、早く忘れるためにも新しい街へ行くのは一つの手だと思った。100年という時間は長いようであっという間だった。人間にしてみればとてつもなく長い時間かもしれないが、私たちにとっては全然長くない。でも、その土地ごとに多くの人々を見守ってきた私には街を離れるというのは寂しいものがある。でも、私の司る”恋愛”というものは多くの人々を結ぶことであり、それは即ちそこでの人々の生活の営みに欠かせないものである。だからこそ、私はこれからもこうやって多くの人々を見守りながら手助けをしていくのだろう。

 大神様からの手紙を眺めていると、いつも通りタマがやってきた。私は手紙をしまって、いつも通り他愛ない話をしながらタマを撫で始めた。ゴロゴロと喉を鳴らしながらタマは満面の笑みでご機嫌だった。

 そんなタマからお願い事をされるとはね。

 「ある人の時計を動かしてほしい。」

 そのある人がダイスケくんで、タマにお願いをしたのがカナエちゃんの兄だなんて。大神様がやってくるまでの時間は残り僅かだけれども、まだまだ私の役目はあるみたいね。まさか、タマがこんな巡り合わせを持って来るなんてね。

 あの日、カナエちゃんを救う事ができなかったけれど、ダイスケくんの将来を明るくしてみよう。そう思いタマから詳しい話を聞く事にした。



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