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街風 episode.20.1 〜真夜中の来訪者〜

 「もー、ノリさん。最近なんかおかしいですよ。」

 また今日もケンジはぐちぐちと文句を言いながら片付けをしている。実際、いつも通りの調子が出ないので何も言い返せずに笑って誤魔化すことしかできない。今日もディナーでお店が賑わったのだが、1人で回しきることができずに急遽ヘルプでケンジに来てもらった。

 「でも、無事に終わって良かったですね。」

 今日はいつもの時間にいつもと違う明るく綺麗な声がある。ケンジにヘルプの連絡を入れた時、たまたまケンジと一緒にいたマイちゃんもヘルプに来てくれた。マイちゃんは飲食店でバイトをしていたらしく、ケンジが予定の無かったマイちゃんを強引に連れてきたとのことだった。たしかにマイちゃんの働きぶりはすごかった。初めてのお店でメニューも勝手も分からないはずなのに、ヘルプに入って1時間程度でホールもキッチンの手伝いもこなしてみせた。それに比べてここ最近の自分のポンコツ具合といったら目も当てられないくらいだ。

 「そういえば、2人はどういう関係なの?恋人?」

 俺は何気なく尋ねたつもりだったが、店内に何とも言えない雰囲気が漂ってしまった。踏んではいけない地雷だったかな、と何気なく発言したことを後悔した。

 「仲の良い先輩後輩ですよ。ケンジ先輩とは家も近いので、今日みたいにサークル帰りに一緒に帰ることも多いんです。」

 マイちゃんはテーブルのお皿を片付けながら厨房にいる俺に答えた。ケンジも入り口付近の床をモップで拭き掃除しながらマイちゃんに合わせた。

 「そういう事です。」

 さっきの雰囲気は思い違いか。そう思い、皿洗いを続けていた。テーブルのお皿を片付けて俺の元へ持ってきたマイちゃんはケンジに聞こえないようにこっそりと俺に耳打ちをしてきた。

 「実は、つい先日にケンジ先輩に告白したんです。でも、断られちゃって。あ、でも、今でもケンジ先輩は仲良くしてくれるんです。私も異性ではなく1人の人としてもケンジ先輩が好きなので、こうやって楽しい関係の今の時間が一番好きかもしれません。」

 マイちゃんは随分と大人の考えを持っていた。少し抜けているケンジとは良いコンビのような気がしてきた。

 「あ、あと妹がお世話になってます。」

 「え?妹?どういうこと?」

 「ケンジ先輩の弟のワタル君と私の妹のカオリが付き合ったキッカケはノリさんのおかげって聞いていたので。」

 「え、カオリちゃんのお姉ちゃんだったの!?」

 思わず大きな声が出てしまった。すると、マイちゃんは慌てて人差し指を縦にして口に当てて、シーッというジェスチャーをしながら軽くウインクした。

 「実は、ケンジ先輩にはカオリちゃんが私の妹だという事も私が土曜日の女神を知っていることも何も教えていないんです。」

 まるで子供がいたずらを仕掛けた時のようなワクワクした目でマイちゃんは俺を見つめながらそう言ってきた。

 「今何か言いましたかー?」

 床掃除をしていたケンジは手を止めてこちらを向いた。ケンジには今の会話は聞こえていなかったらしい。俺もマイちゃんに合わせることにした。

 「いや、マイちゃんがすごいテキパキと働いてくれたから今まで働いていた飲食店の話を聞いていたんだ。そしたら、俺も知っているお店だったから驚いただけだよ。」

 「そうだったんですね。また驚いてお皿を落とさないでくださいね。」

 ケンジは皮肉を込めてそう言うと再び床掃除をはじめた。

 「ノリさんも悪い人ですね。」

 マイちゃんは悪戯っぽくニコリと笑った。それにしても”土曜日の女神”の話もしているなんて姉妹で仲良しなんだな。マイちゃんはお皿を全部流しに置き終わると、まだテーブルに残っているお皿を片付けに戻っていった。

 閉店後の後片付けも無事に終わった。

 「今日はありがとうな。2人ともこの後に予定無くてお腹空いているなら賄いを作るんだけど、どうかな。もう時間も遅いから無理にとは言わないけど。」

 「食べたいです!お客さんがノリさんの料理を美味しそうに食べているのを見て、ずっとお腹ペコペコでした。」

 「僕も食べたいです!マイちゃんは僕が送って帰るので大丈夫ですよ。」

 2人はそう言うと荷物をまとめてカウンター席へ並んで座った。マイちゃんとケンジは今日の忙しかった出来事を楽しく振り返っている。俺は冷蔵庫にとっておいた賄い用の食材を取り出して調理に取り掛かった。

 「そういえば、ノリさんが最近変なのってユリエさんがお店にやって来た日からですよね。」

 ケンジは何気無く俺に聞いてきた。俺は一瞬動揺を隠せなかったが、もうユリエの事は忘れようと決めたので、ケンジの問いかけをのらりくらりとかわした。そうこうしているうちに簡単なスープパスタとサンドウィッチが完成した。スープにほんの少し生姜を入れたので身体も温まるだろう。

 「そうだ、ケンジ。外の看板ももうしまっちゃって。」

 「はーい。」

 ケンジは気の抜けた返事をしてドアに向かった。扉を開いて看板を店に入れようとしたケンジは何かに気づき暫く遠くをじっと見つめていた。すると、突然看板を抱えたまま慌ててお店へ入った。

 「ノリさん、お客さんです!」

 「もう閉店だよ。」

 「いや、何というか、その...」

 ケンジは言葉が上手く出ないまましどろもどろしていた。一体誰が来たっていうんだ。俺はケンジとマイちゃんの分の賄いを2人の席に置こうと厨房から出て行った。それと同時に扉が開いて1人の女性が入ってきた。

 「ノリ!」

 そう叫びながら飛びついてきたのはユリエだった。

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