第9章 :心を満たせば、食べ過ぎない
Dr Neco 「もう相当マインドフルダイエットに熟練してきたんじゃないですか?」
でぶざらし 「見ての通り、もうただのぽっちゃりレベルですよ!」
Dr Neco 「わっ、すごいですね!(あれ、前からただのぽっちゃりって言ってなかったっけ…)」
でぶねこ 「ぼくも気が付いたらだいぶ痩せてきましたよ。でも、仕事で色々うまくいかないと、やっぱりむしゃくしゃしてついつい食べ過ぎたり、飲み過ぎちゃうのは0にはなってないですね。この間も、上司に分からないことを何度も説明してもらったけど、理解できなくて。でも、怒られるのが怖くて、よく分かってないのに、「分かりました」って言っちゃって、仕事が進まなくて、結局怒られちゃった。「自分はダメだなー!」ってやけ食いしちゃったんですよ。他にも、悪い奴ではないんだけど、「ダイエットしてるのに結構食べてるじゃん」とか茶化してくる友達がいてまたイライラ。後は、母親に掃除や片づけしろとか怒られて喧嘩になると、気が付いたらマインドレスに食べてる。僕は掃除のタイミングは2週間くらいで良いんですけど、母は神経質なので。後は・・・」
Dr Neco 「おおっ、でぶねこ君も大変ですね。食べ方を見直してみると、生活の他のことも色々と気になってくることが多いんだ。食べ方の乱れは生活の乱れを表していたとも言えます。誰かと喧嘩状態で関係がうまくいっていなかったり、就職・転職・退職・昇進・減給・引っ越し・交際し始める・別れる・結婚・離婚という風に、生きていると色々な変化があるから、気が付かない間に今までのやり方だとうまくいかなくなっていることも多いものです。そんな今までの生き方の行き詰まりが、食べ過ぎや飲み過ぎに行きついているのかもしれないですね。もし、今一つダイエットがうまく行かない時は、食べ方だけでなく、生活、つまり、何がストレスになっているのか、それを無くすことはできるのか、あるいは無くすことができない場合には、そのストレスとどう付き合っていけばより楽になれるかを見直してみると良いでしょう」
でぶねこ 「普段の生活で溜めているストレスが体重になっているってこと?ダイエットの話から大分広がったなぁ。頑張らなくても痩せられるって聞いてたのに、ストレスとの付き合い方を考えなくちゃいけないなんて、割と大変そう」
Dr Neco 「そうだね。食べ方も、やたらと我慢したりせず、むしろ頑張らない方が痩せられるように、ストレスとの付き合いも、やたらと我慢したり押し殺したりせずに済むように工夫できれば理想的です。何でも頑張りすぎないで自然体でいる方が、痩せられる、と思ってもらえると嬉しいです」
でぶざらし 「うーん、まあ、いつも通り騙されたつもりで教えてもらおうかな。先生は精神科医でストレスの相談ばかり受けていて、自分はストレス溜まらないの?」
Dr Neco 「すごい溜まりますね。傷ついた兵士が次々と運ばれてくる戦場の、軍医のような疲労感に襲われます。治しても治しても、次から次へと運ばれてきて、いつこの戦争は終わるのだろうという絶望感に打ちのめされる。そうかといって、わかりやすい国同士の全面戦争というわけでもなく、ゲリラ戦のように人が人を傷つけている。そして傷つける人もかつては誰かにに傷つけられたことがあることが多い。だから、人を傷つけた行為自体は許されないことであっても、その人自身が悪と言えるかといえばそうでもなく。さらにいえば…飛」
でぶざらし 「うん、ありがとう。大変なのはわかった(これ話長くなるやつだ…)」
Dr Neco 「ありがとうございます。皆、どれだけ自分のケアをできるかにかかっていますね。無理はしない、背伸びはしない、できないことはできないと言う、自分ファースト。等身大の自分より大きく見せようとやりすぎると長く続かないし、不安にもなりますからね。今回はそんな心の満たし方を一緒に見つめ直してみましょう」
でぶねこ 「さすがに後半の章だから、少し深い話になってきたなぁ」
マインドフルを邪魔する強敵:隠れミッキーを見つけよ
これまでは生活にマインドフルを馴染ませるコツを紹介してきましたが、今度はマインドフルな生活を邪魔する要素を考えてみたいと思います。その一つに、空腹や痛み、疲れ、退屈、悲しみ、怒りなどの不快でネガティブな感情をすぐに排除しようとする心構えがあります。不快感を排除したいと思うのは人間として自然な気持ちではありますが、排除しようと行っている対処がむしろ不快感を増幅させる悪循環になっていることがよくあります。
例えば、蚊に刺されて痒くて肌を掻きむしると、一時的に痒みは消えますが、肌が荒れてますます痒くなってしまいます。一時的なストレス解消のために、マインドレスに食べ過ぎてしまうと、食べてしまった罪悪感がストレスになり、ますます食べ過ぎに拍車がかかるようになります。これを次のように図にすると、三つの球がつながりあって、まるで隠れ●ッキーのようなので、隠れミッ●ーの悪循環と呼んでいます。隠れミ●キーを見つけるように、日常生活の中の悪循環を見つけ、マインドレスから脱する手掛かりとしましょう。
ストレスを貯めないために
生活の悪循環は見つけられたでしょうか。これは難しいので見つからなくても大丈夫です。私が太っていた時は、平日は「通勤」「残業」そして上司に連れられ週末に「飲み会」で、余裕がなく、土日は疲れを取り戻すための「寝溜め」で時間が潰れて、心のリフレッシュを図れず、また平日に戻るという悪循環でした。マインドフルネスという感覚を身に着けてからは「これは本当に自分がしたいことなのだろうか」という疑問が頻繁に出てくるようになりました。
「したいこと」と「しないといけないこと」は違う
「したいこと」と「しないといけないこと」は違います。職場の飲み会は「出ないといけない」となるべく出席していましたが、いつも楽しい訳でもなく、飲み会が重なると疲れが残って苦しい時もありました。しかし、実は「出ないといけない」なんていうルールは存在しておらず、ちゃんと周りを見渡せば来てない人もたくさんいたのです。マインドフルに自分の本音を確認し、本当に行きたいと思えば参加し、そうでもなかったら参加しないという判断も大切だと思います。また、自分の希望がお酒を飲むことでなく、職場での親交を深めることであれば、だらだらと何時間も話すよりは、1時間で切り上げてもいいかもしれません。このように自分で思い込んでいたルールや世間のルールから自由に考え、自分が本当に望んでいる形を整えていくことが、ストレスの軽減に繋がります。
周囲の期待で動きすぎず、自分の本音も大事にしてあげる
自分が本当に望んでいる生活は何かと聞かれても、すぐにはよくわからないと感じるかもしれません。自分の望みは自分の気持ちと周囲の期待の相互作用で決まりす。例えば、仕事や学業、スポーツなどで、「親、上司、教師、同僚などから評価されたい」と周囲の期待に応えようとしている部分と、自分の興味関心との相互作用で、「仕事で頑張りたい」「テストで良い点を取りたい」「スポーツが上手くなりたい」などの気持ちが生まれてきます。しかし、多忙でマインドレスな生活が続くと、自分の気持ちを確認する余裕がなくなり、いつの間にか周囲の期待に際限なく応えてばかりの生活になっていきます。今の自分の仕事量が限界に近くても、「怠けやサボりと思われそうで仕事を断れない」、「周りも我慢しているから自分も我慢しないといけない」「自分が断ると周りに迷惑を掛ける」と思い、仕事が増え、どんどん苦しくなっていきます。なんとかその期待に応えていても、今度はそれが「出来て当たり前」と認識されてしまい、ますます周囲からの期待が大きくなり、応えきれなくなっていきます。自分の本音を無視して周囲の期待に応え続ける生活の苦しさにより、暴飲暴食、生活習慣の乱れなどとして色々なところにしわ寄せが行きます。仕事でなくても、親から「安定した職業につきなさい」「結婚しないのか」「子供はまだ生まれないの」などとプレッシャーをかけられたり、友人や恋人配偶者から「こうするべき」「こうすることが当たり前」と言われ、意見が衝突したりすることもあるかもしれません。この様に私達は常に周囲の期待と自分の本音に折り合いをつけて生活をしていますが、自分の本音を押し殺して生活する方が争い事が起こらず、表面的には平和が保てるため、そうしている人が多いかもしれません。しかし、ずっと食事をしないでいると飢餓状態となり、いずれ過食してしまうのと同様、周囲の期待を優先し続けると心身の不調を来します。そして、気持ちを押し殺し続けると、自分がどう思っているのか、どう感じるのか、本音や本当の気持ちに気づきにくくなっていきます。「やっていて苦しい」と感じる時は、自分の本音と周囲からの期待のズレが大きい時です。そんな時は立ち止まって、マインドフルに自分の生活を見直すことが役に立つかもしれません。
コミュニケーションのズレが多くのストレスの原因
ちなみに、周囲から期待されていると思っていることも、相手に確認してみると実はこちらの思い込みだったり、こちらの状況を知らずに要求していただけだったりすることもあるので、コミュニケーションの不足が問題を大きくしている場合も多くあります。コミュニケーションスタイルの問題へのアプローチに関しては後述しますが、肝要なのは「ちゃんと伝える」「相手に確認する」という作業に尽きます。ですが、なかなか思い切って伝えられなかったり、そもそも自分で思い込んでいることに気づけなかったりと難しいので、少しずつ練習する必要があります。第三者に状況を分析してもらいつつ練習してゆく対人関係療法などの心理療法が役に立つこともあります。
多様な生活スタイルがストレス解消の糸口に
2020年は新型コロナウイルス感染症によって、日本全体が強制的に自分たちの生活スタイルについて立ち止まって考えるきっかけを与えられました。毎日のことで気づきにくくなっていた満員電車に揺られる苦痛や、そもそも週5-6日も仕事をして週1-2日しか休日がないことに違和感をもった人もいるかも知れません。週5-6日勤務ということは人生の7-9割を仕事に費やしていることになります。仕事が大好きであれば良いかもしれませんが、そうでなければつらいかもしれません。私の外来に通院されている患者さんにも、週5日も働くことは自信がないという人も多いですが、意外とその感覚のほうが自然なのかもしれません。それまで休職と復職を繰り返し、職場で「ダメな社員」のレッテルを貼られて苦しんでいても、テレワークが導入されると体調が安定し、成果を出せるようになった患者さんもいます。最近は、社員一人一人の特性に応じた「合理的配慮」を職場が行うことが求められていますが、働き方に多様性が生まれることで、本人の感覚と周囲とのズレが解消され、健康になる方が増えていくことを期待しています。
身を粉にして頑張った先にあるのはどんなことだろう
職業柄、色々な患者さんと出会いますが、多く見かけるパターンは、職場の過重労働でうつ病になったり、体調を崩してしまったりして休職に至ってしまうケースです。会社からの仕事の依頼を引き受け続け、遅くまで残業をして会社のために尽くしていても、一度心身を壊すと「ダメな社員」として扱われてしまい、会社に怒りや恨みを持っている方もたくさんいました。心を病み、うつ病になって、日常生活を送るだけで精一杯の状態になっても、過労ゆえの暴飲暴食の末、肥満となり、脳梗塞で半身麻痺になって生活動作に支障が出ても、期限内に復職できなければクビになってしまいます。会社から予想以上に冷たい対応を受け、会社内の立場を失い、健康を失い、絶望している患者さんもいます。それでも残るものが家族や友人であり、彼らと過ごす時間が自分にとって一番かけがえのないものだったと気づき、大切な人たちと共に生きていくために何ができるか、自分なりの活路を模索し始める患者さん達に触れ、私自身も自分が一番望んでいることに時間を使えていないと気づかされることも多々あります。失った健康は戻りません。体力も限りあるものです。
目的と手段がいつの間にか入れ替わっていないかをマインドフルに確認
会社や誰かのために仕事を頑張ることが悪いことなのではありません。仕事をすることが自分の人生に有意義であり、そこにズレがない時は苦しみや疲れも少ないと思います。ただ、仕事は自分が望んでいる人生のための手段であったにも関わらず、一生懸命になりすぎていると目的と手段が逆になってしまい、仕事のための人生を過ごしてしまうことがあり、その場合どこか行き詰まり感が生じます。仕事に限らず今の生活に何か違和感がある時は、どこかにズレが生じているはずです。マインドフルに生活をして、たまにはそのズレが何かを見つめる時間を取ることがストレスを減らすためのコツとなります。
ストレスに対処しよう
ストレスは良くダムに例えられます。望んでいる生活と現実の生活のギャップが大きければ大きいほどダムに貯まる水(ストレス)は増えていきます。望んでいる生活とのズレが大きいことに気がつけたとしても、例えば仕事であれば簡単に転職できない状況など、事情があって生活スタイルをすぐには変えられないことも多いと思います。そんな場合のためにも、ダムが決壊してしまう前に、放水する(ストレスに対処する)ことが大切です。そのための一つが、これまで紹介してきたマインドフルに味わって食べるマインドフルダイエットです。日々の生活の延長線上で行えるので、ぜひストレス対処法としても活用してもらえればと思います。一方で、マインドフルダイエットだけでは対処しきれないストレスを抱えている方も多いと思いますので、いくつかのストレス対処法をご紹介します。その一つが、食べる場面以外でマインドフルを応用して、日常生活全体でマインドフルになる時間を増やしていくものです。
あなたの身近にまだまだあるマインドフル
味覚に対するマインドフルを体験されたなら、他の五感に対してもマインドフルになれることにすでに気づかれているかもしれません。
聴覚については、今までも聞こえていたはずでもあまり意識を向けてこなかった音、例えば夜屋外から聞こえてくる雨音、散歩中に草木が風に揺られて擦れ合う音、歌の中でボーカルの声だけでなく様々な楽器が色々なメロディーを奏でていること、などに気づくかもしれません。個人的には、電車が線路の上をガタンゴトンと走る音を聞いているのが好きです。
嗅覚としては、食事が食卓に並んだ時の美味しそうな匂い、夏の夕立の後立ち込める湿った土の匂い、視覚としては、夕日の色の鮮やかさや、陰影を持つ雲の表情が常に一定ではないことに気づくもしれません。
私も、今まで見ても何とも思わなかった絵画をマインドフルに眺めてみると、「この色合いは奇麗だな」とか、「ここでこの影をつけた作者の意図は何だろうか」とか、意外と面白いと感じることが増えました。特に「マインドフルシャワー&バス」が好きです。温かいシャワーが、頭皮から首、上半身へと流れていく心地よさや、湯船の中で冷えた手足が徐々に温かくなって筋肉の緊張がほどける感覚などをしっかり味わうことで、シャワーの仕方やお風呂の入り方は変わらなくても心地よさが増すと感じています。皆さんも、慣れてきたらぜひ生活全般にマインドフルを広げてみてください。
因みに、湯船に入っていて、体全体で温かさを感じていると、肩や腰に痛みを感じることもあります。痛みを取り除こうとストレッチなどでやたらと体を動かすのも疲れますし、ストレッチをしても大抵痛みが残ってしまって逆にいらいらするので、ただお湯に身を委ねて、痛みがどういう風に変化していくかを観察します。痛みにもゆらぎがあり、同じ強さで続くことはなく、体を動かさなくても、勝手に強まったり弱まったりすることに気が付きます。痛みはコントロールできないことに気が付くと、痛みを取り除こうという意気込みが減り、少しゆとりが出てきます。「痛み=取り除かないといけない不快なもの」と私達は反射的に思ってしまいますが、体を酷使すれば痛みが出るのはむしろ自然で、痛みが出るくらい日中に頑張りすぎてしまっていることを教えてくれているのかもしれません。もちろん、今までとは違う痛みを感じたら、無理せず病院へ受診することを考えて下さい。
日々の単純作業にも意外と気づきがあります
五感を使って感覚の心地よさにマインドフルになるだけでなく、掃除や洗濯、仕事のルーチンなどの繰り返しの作業中にマインドフルになると、不快感よりむしろ達成感を感じられるようになるかもしれません。
上司から頼まれた単純作業に「こんな意味のないつまらないことをやらされている。」「自分だけがいつも損をしている」とイライラしながら取り組むと、疲れも倍増します。仕事そのものに意識を向けて、作業に没入して真剣にやっていると、「こういう風にしたらもっと効率的になる」と気づいて、作業の仕方もスムーズになり、そうする内に案外すんなり終わることもあるものです。繰り返しの作業の中で脳が休まる効果もあります。
部屋の掃除も、「これをやったら次はあの部屋をキレイにして、次は」と、頭の中で忙しく色々と考えながらしていると疲れやすく、掃除するところが多く感じられてやる気が削がれることもあります。ホコリが溜まっている所を見つけて、きれいにしたいという気持ちに従い、少しずつ手元の出来る範囲の所から手をつけてみましょう。そうして没頭する内に部屋がキレイになり頭の中もスッキリして、意外と意欲が出て結果的に一番効率よく掃除できたりもします。
他にも、小さい子供と延々とボールを投げ合うといった単純作業も、子供との遊びに集中せずに「いつまでやるんだろう」「これが終わったらあれをやらないと」など頭を忙しく動かしていると退屈に感じるかもしれません。そうではなく、マインドフルに子供との遊びに注意をもっていくと、どう投げたら子供が受け取りやすいかを工夫するのが意外と面白く感じたり、子供の表情がいつも同じではないことなどに気づき、楽しみを見つけられるかもしれません。