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タチヨミ「コーヒーを飲みながら」⑪

「コーヒーを飲みながら」第1巻 第2章《生き物たち》20℃


 最後の寒波が訪れたのは3月11日のこと。強い北風に、庭木の日向夏が落ち道路にたくさん転がっている。寒風にあおられて自転車はよろめき、私の頭の中で冒険映画のテーマが流れる。その次の朝、早期米の田植えの準備に張られたばかりの田んぼの水が凍っていた。その後、ストーブを焚いたのは3日ほどで、20℃を超える日が増えていった。20℃を超えると分厚いセーターを押し入れにしまい、食事の量も少し減った。
 気温が20℃を超えた日の夜のこと、自宅のベランダで竹林の方から月明かりに照らされた空を5羽の渡り鳥の群れが影絵のように飛んでくるのが見えた。「クワクワクワクワクワ」と5回ほど大きな声で鳴くと私の家の上空で角度を変えて海の方へ飛んで行った。
 昼、どんどん畑が耕され、返された土を鳥がつつく。急いでいるように飛ぶ鳥の数も種類もうんと多くなり、早咲きの菜の花は咲ききろうとする。
 菜の花畑は今、誰かが笑って渡してくれる抱えきれない大きな花束。喜びはあふれて、黄色い光が空へこぼれるように咲き誇る。気温が20度を超え春の陽光という指揮者の登場に土と草は調律を始める。ホトケノザ、オオイヌノフグリ、ハハコグサ、ナズナ、ツメクサ、ハコベ、起き上がり伸び上がれ。太陽のエネルギーは蓄えたか。指揮者が台に上がりタクトを構え空気が止まる。次の瞬間、タクトの一振りから「田園」が奏でられ、萌え出る息吹を風が運んでくる。


「コーヒーを飲みながら」第1巻 第2章《生き物たち》20℃ より一部抜粋。
2021年8月に自費出版いたしました。コチラから購入できるようになっています。よろしければ、ご覧ください。

                             星原理沙





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