🌌far east から、いざミュンヘン

――by Drifter（Koji Shiraishi)

【Sデスクの鬼指令】

「誰か企画を出せよ‼　アリが来るのが決まったんだから‼」
　1976年の4月初旬、編集局にデスクの声が響いた。当時、新日本プロレス担当とも言われた、Y.S.さんである。残念だが数年前、80歳で他界した。無断で登場してもらうことを許してもらおう。モハメド・アリが来日というのは、アントニオ・猪木よ格闘技世界一決定戦を行うためであった。冗談から駒じゃないが、新日本の営業本部長で一発屋の仕掛け人、H.Sさんがあちこちのルートを探ってようやくつかんだ、ビッグ・ビジネス・ツールだった。
　大きな金を動くタレントだったアリの周囲には、裏・表……様々なビジネスマンがいた。ネッシーで有名になった華僑系のK氏もその一人。おそらく、この手の人たちも「アリvs猪木戦」に何かの役割を果たした、と思われる。
　なぜ畑の違う二人が闘うのか？　それは猪木の新日本プロレスの台所事情があった。アメリカのプロレスの最大組織はNWA(National Wrestling Alliance)であった。ここに客を呼べるスター選手が集まっていた。この組織の日本支店はジャイアント馬場の全日本プロレスで、日本におけるNWAメンバーは馬場だけだった。
　スター選手を呼ぶルートが無い猪木は、話題を作って、仕掛けて興行を成功させることが、会社存続の方法だった。
　しかし一方で、ボクシング界は、世界のボクシング界を代表するアリがプロレスのリングに上がる……その時の馬場の「プロレスのリングに上がるんだから、プロレスをやるんだろう」との理解には至っていなかった。
　格闘技世界一決定戦とうたっている。「何かあったら、誰が責任取るんだ？」「WBA（World Boxing Association)のメンツは？」と、きな臭い空気も漂っていた。

　デスクの問いかけに私は、
「じゃあ、直撃インタビューして、猪木をこきおろすような喋りを引き出せば良いじゃないですか」とあっさり言った。
「インタビュー？　そんな簡単じゃないだろう。やれたら、売り物になるけどな」
　Sデスクはちょっと嬉しそうに言った。この人も"仕掛け"は大好きだった。
　すると、今度は編集のトップ的なWなる人物が口をはさんできた。
「そうだよ。簡単じゃないぞ。できなかったらどうするんだ？　こっちは責任があるんだよ」
　難しそうな話になると口をつく、お決まりのフレーズだ。要するに、"責任を取りたくない"と言っているようなものだ。またかよ。
　モハメド・アリvsアントニオ・猪木戦は、1976年6月26日、日本武道館と決まっていた。
「じゃあ、何か手があるのなら、聞こうじゃないか」
　Sデスクは私にささやいた。現場を知らない人間には作戦の中身を見せたくない、という顔だった。企業的に大会社ではないスポーツ・マスコミ。Tokyo Sportsに限らず、どの社もこんな空気感があったようだ。腕利きの記者は、ある種、職人。素人には分からない、気質みたいな物を持っていた。
「やっぱりミュンヘンに行って、アリと単独インタビューをやりましょうよ！　これなら他社の鼻をあかせますよ」
　1976年5月24日、アリは西ドイツ、ミュンヘンでイギリスのリチャード・ダンの挑戦を受けてWAB世界ヘビー級のタイトル・マッチを行うことになっていた。
「アリが日本に来てからじゃ遅いと思います。猪木戦は我が社の主催。横一線の取材合戦になったら、負けないとも限りません。他社が手を出せないうちに、Tokyo Sportsにやられたら仕方ない、という感じの"杭”を打っておきませんか？」
　おいおい、こちらは二等兵だぜ、ここまで会社のことを考える必要があるのか、とも思ったが、こちらの企画を通すには、現場を知らない人たちを黙らせる殺し文句が必要だ。
　Ｓデスクは、私のコメントを持って、上の人たちを説得にかかった。
「ここは一つ、うちの暴れん坊を飛ばして、アリにぶつけてみましょうか？　これまでも色々骨っぽい仕事をしてきてますし」
「う～ん、大丈夫かなぁ」
　編集のトップ的立場のWは腕組みして、眉間にしわを寄せていた。”失敗しても俺のせいじゃない"……というニュアンスありありだった。

【PAN AMに乗って】

　この頃、国際線の飛行機会社にとっては、ちょっとばかり、バブリーな時代でもあった。特にアメリカの国策会社とも言われたPAN AMはかなり余裕があるように思えた。元々、ベトナム戦争に関わる兵隊を運ぶために起こされた会社と言われていた。
　Tokyo Sports NewspaperはPAN AMと年間1千万円ほどの広告契約を結んでいた。内容は新聞側が契約に見合う広告を掲載する。これに対する支払いはチケットであった。使用後は　"PAN AMの協力により、こうした取材をしました”というクレジット入りの記事を掲載する、という具合である。
　私のミュンヘン行きもPAN AMをフル活用することになった。PAN AMの開拓路線、南回りの適用である。羽田⇒香港⇒バンコック⇒ニューデリー⇒ドバイ⇒カルカッタ⇒ジュネーブ⇒フランクフルトと各駅停車。ここまでの往復はPAN AM持ち。フランクフルト⇔ミュンヘンが社費だった。
……ということなら、「カメラマンも必要だろ。そうだ、(フランスの)カンヌ映画祭もあるから、文化部からも一人出せや」となり、ミュンヘン大作戦は三人の部隊となった。しかし、アリへの単独インタビューという大仕事を抱え、さらに映画祭取材のヘルプとなると……ちょっとばかり気が重くなった。
　私が持っていた情報は、"アリの試合がミュンヘンで行われる”……この事しかなかった。アリの宿舎も、プレス・センターも何も知らなかった。すべてミュンヘン到着後、現地にて調査しなければならなかった。興行主の新日本プロレス、生放送を決めていたテレビ朝日から、特に便宜を図ってもらっているわけではなかった。零戦の突撃に等しかったかもしれない。
　裏があった。実は主催者から日本のプロボクシング協会経由で、取材のための資料が届いていたのだ。手にしていた担当記者が意図的に隠ぺいしていた事を後日知った。"出る杭"への洗礼だったのだろう。

【ミュンヘンに着いた】

　PAN NAMは各駅停車だったが、混んでなかったので快適だった。CAたちは「本当にフランクフルトまで？」と面白がって、入れ替わりで遊びに来た。隣で雑談の相手をしてくれたり……悪くない、と思った。フランクフルトからルフトハンザの国内線でミュンヘンへ。乗り継ぎもスムーズだった。さて、まずは宿を確保してベースキャンプを作らなければならない。飛行場からタクシーでミュンヘン駅へ行き、観光案内所に飛び込んだ。一部屋に三人、朝食が付いて計1万円くらいのB&Bのような所が取れた。順調、順調。うれしくなった。
　次はいよいよ本題だ。アリへの単独インタビューへの道筋を探らなければならない。宿のおばさんにさりげなく聞いた。
「アリの試合があるのだが、宿舎なんか知ってますか？」
「ウォルドフとか言ってたかな」
　ヨシッ‼　まずはウォルドフへ行ってみよう。そこはミュンヘンで一番高級なホテルだった。さて？　無謀が始まった。館内電話を取って、オペレーターが出ると、私はこう言った。
「ミスター・アリが泊まっていると思いますが、部屋につないでくれませんか？」
「規則でおつなぎできません」とオペレーター。当たり前だ。つなぐはずはない。馬鹿なことをしたもんだが、泊っていることを確かめることはできた。さぁ、今度は関係者を探して、材料を集めなければならない。
　ロビーをうろついていると、アリ陣営のメンバーがやって来た。なぜ分かったっていうと、黒人のいかつい集団の中に、銀縁のメガネをかけた小柄な白人がいた。その人はアンジェロ・ダンディ。名トレーナーとして、名を馳せていた。イタリア系のアメリカ人だ。この人はテレビで何度も見て、知っていた。
　行くしかない。私はアンジェロに近寄って、仁義を切った。
「Tokyo Sports Press Newspaperです。東京から来ました。よろしくお願いします」
　アンジェロはニコニコしながら、握手を求めてきた。
「こちらこそ。よろしく頼むよ。この試合の後は東京へ行くからね」
　アンジェロは傍にいたアメリカ人記者を紹介してくれた。
「東京からの友人だ。色々助けてあげて」
　実際には初めて会ったのに、友人とは……心強い援軍が出来たような気がして、うれしくなった。
　お陰でプレス・センターの場所も知り、翌日から、本格的な取材活動に入ることができた。
　王者アリ、挑戦者ダン、トレーニング場所はいずれも市内のボクシング・センター。当然、時間をずらしてのことだが、入れ替え時に二人は顔を合わせることも多かった。「おいダン‼　そんなパンチで俺に当たるのか」とアリは盛んに"口撃”を仕掛けていた。これがニュースで流れて、本番を盛り上げていくのであった。プロレスだは日常的な煽りで、アリの得意技。この裏にいたのが、「蝶のように舞って、蜂のように刺す」の名フレーズの産みの親、カエル・ヘッドのバンディーニ・ブラウンだ。詩人、蝶ネクタイに銀ピカのジャケット。ブラウンがアリの耳元でささやくと、アリのマシンガン・トークが始まる、という"システム"だった。

　アリの一挙手一投足をスケッチ、コメントも併せて電話で原稿を送った。写真は撮影後にフィルムをパッケージして、エアポートへ運んだ。今で言う宅急便のようなシステムで本社へ配達された。少し"時差"はあったが、自社撮影だから、価値は高かった。
　こうして毎日のルーティーン取材はなんなくこなしていった。さて、大きな宿題を解決しなければならない。どうする？　アリ軍団の中でマネジャー的な動きをしている、一人の黒人にフォーカスを当てて、絞り込んだ。

【アリへの糸口が見えた】

　練習が一区切りついたところで仁義を切った。
　体格の良い、瀟洒なスーツに身を包んだA氏としておこう。
「東京から取材に来ました。もちろん、猪木戦もあってのことです。何とか、ミスター・アリへのインタビューを取りもってもらえませんか？　東京へ来られたら、何なりとお礼いたします」
　A氏はちょっと考え込んでから、「急いでいるのか？」と。
「できるだけ、早くお会いできれば、と思っています」と平身低頭で頼み込んだ。他人からは卑屈な絵に映ったかもしれないが、こちらはこれしか方法を知らなかった。A氏の手も握って。
　英語だって、同時通訳というレベルではない。"根性"のパーセンテージが多目のものだ。
「OK。君たちの熱意は分かった。明日の午後7時頃、この場所で会おうか？」
　ついにアリへの扉が開きかけた。私はA氏の手を握って、「Thanks of lot‼」を繰り返した。やったぜ‼　もう引き揚げだ。宿舎へ帰る途中、たまらず小さなビアホールへ飛び込んだ。ビール、ソーセージ、ザワークラフト。
　美味い‼　「本場のビールはなんて美味いんだ」と何度も叫んでいた。
　大きな宿題がクリアできそうで気持ちで高揚していたことも、もちろんあっただろう。
　この後、ちょっとしたトラブルがあった。翌日、指定された時間にホテルのロビーで待っていたが、1時間経ってもA氏は現れなかった。連絡先も訊いていなかったことが悔やまれたが、止むを得なかった。
　少し焦った。次の日はアリの練習中から、A氏をキャッチ。「今晩是非」と迫った。「5分でいいから」とも訴えた。"ドタキャンの理由"ははっきりとは分からなかったが、アリの所へ重要な客が来たようなことを言った。
「今日は大丈夫だろう。同じ時間にロビーで会おう」とA氏。
　同行のTカメラマンは、「猪木の写真を大きく伸ばして持って来ました。アリに何かやってもらいましょう」
　午後7時を30分も過ぎて、A氏は姿を現さなかった。大丈夫かな？　不安が心の中で増殖し始めようとしたとき、ホテルの玄関のドアが開いて、A氏が入って来た。
「待った？　オーケー。準備はいいかい？」
　私とTカメラマンはA氏の後に付いて、関係者入り口のドアから"裏側”ヘ侵入した。階段を3フロア分くらい上がっただろうか、A氏は何の印もないドアを開け、「オーケー」と言って、手招きした。ドアの内側にビロード風のカーテン。それをくぐると、「おッ!?　えッ!?」、目の前にソファに沈み込むように」座り、両足を投げ出したアリがいた。
「猪木のスパイだって？　お手柔らかに頼むよ」
「インタビューを受けてくれてありがとう」と私は切り出した。
「まさか、ダンに賭けているわけじゃないだろうな？　当たれば億万長者になるだろうが、その可能性は無いと言っておこう」
「日本のファンは王者としての来日を望んでます」
「当たり前だ。王者として、日本のリングで踊るんだよ」
「猪木の写真を持って来ました。何かメッセ―ジを」
「お～いいアゴだな。ジャブ一発で終わりだ」
……気が付けば30分は優に過ぎていた。アリは猪木の写真を持ってステップまで踏んでくれた。Tokyo Sportsの一面を飾るには十分な単独インタビューであった。私はアリと、その部屋にいた関係者たちに感謝を述べ、部屋を出た。助っ人の文化部記者がロビーで待っていた。「本当にインタビューしちゃたんだ。なんてこった‼」と万歳した。私は興奮冷めやらずで、鳥肌が立ったままだった。
　この夜も当然ビールを飲んだ。祝杯。やたらに美味しかった。

【アリの取材に待った!?】

　アリへの単独インタビューが成功したことで、Sデスクも鼻高々だったようであった。電話の向こうで、やたらに声が弾んでいた。
　さあ、大仕事は終わった。文化部代表をエアポートへ送り、カンヌへの往復のチケットを買って映画祭へ出張してもらった。前夜、ミュンヘンのベースキャンプから、何人かの日本の映画関係者に連絡を取り、大物をつかまえてもらう協力を頼んだ。アリへのインタビューに次いで、ハリウッドの大物取材が成功すれば、言うことなし。文化部代表は少々ビビッていたようだったが、結果的に見事、アンソニー・パーキンスを釣り上げて見せた。やったぜ。
　モハメド・アリvsリチャード・ダン。よほどのことがない限り、アリが負けることはないだろう。試合を取材しなくてもいいかな……と思ったが、一応、プレス・カードをもらっておくべく、受け付けに行った。地元系、アメリカ系……様々の国の記者が並んでいた。
　私の番が来た。「Tokyo Sports Pressです」と名刺を出した。「確認書は？」と返されたが、何のことやら。受付の女性は控えの書類をめくっていたが、「ありません」と申し訳なさそうに。
「東京から来たんだから、何とかしてよ」と食い下がった。
「そう言われましても、試合の取材は三ヵ月前から受け付けているのです」
　受け付けの女性は明らかに困惑していた。当然である。far eastから手ぶらでやってきて、ごり押しされたのでは、たまったものではない。我が社に来ていた申込書類で手続きしていれば、笑顔の受け渡しになったのである。隠ぺいされて、その存在すら知らなかったのである。
「誰か、プロデューサーを呼んでもらえませんか？」
　何と図々しい事か。しかし、何としても試合のプレス・カードを手に入れようと、テンションが上がっていた。私の所で停滞が起こったので、後方から苦情が出始めた。受付カウンターの中から、男性が出てきて、「今、呼びに行ってますので列から外れてもらえませんか？」と。
　さてどっちに転ぶのか？　と列を外れて待っていると、興行師風のいかつい男性が現れた。えッ!?　用心棒!?
「Tokyo Sports Press?」
「yes‼　from Tokyo]
このやり取りで、男性の顔が緩んだ。
「よく来ましたね。取材申請をしていなかったんだって!?」
「どうも、そのようなことで……」
「初めまして、だね。私はグスタフ・カイザー。西ドイツでプロレスの試合をプロデュースしているんだ」
「えッ!?　ハノーバー・トーナメントを開催している？」
「おッ、さすがTOkyo Sports。うれしいね」
　何という出会いなのだろうか。トラブルがあったから、こういうことになった。まだツキは残っていた。
「猪木戦があるしな。ちょっと待っててください」
　カイザーは受付に行って、試合のプレス・カードを調達してくれた。
　モハメド・アリvsリチャード・ダンは、1976年5月24日、オリンピア・パレで行われ、5回2分5秒でアリのTKO勝ち。7度目のWBA王座防衛。アリにとって、これが最後のKOショーであった。
　ゴングは午前3時頃だったか。終わったら、外は薄明るい。ビールを飲みたかったが、開いている店はなかった。　

【さあ、アリvs猪木戦】

　編集部に再びSデスクの声が響いた。
「さあ、アリが来るぞ。ミュンヘンの取材はうまくいった。他社をリードできた。今度は東京だ。気を抜いたらやられる。主催なのに、抜かれたら恥だぞ」
「一応、アイデアは作ってみました。打ち合わせしたいと思いますが」
　私はSデスクと、一対一で打ち合わせに入った。
「アリ軍団と同じKホテルに泊まって、24時間張り込みましょう」
「できるか？　そんなこと。で？」
「アリ軍団が借り切ったフロアの下の階辺りのスィートを借りて、我が社の"支局"を作りましょう。電話も引いて。いつでも会議ができるし、何かあればすぐカバーに動けます」
「おッ‼　いいね‼」
　Sデスクは身を乗り出してきた。
「秘策はあります。軍団の中に、ミュンヘンで親しくなった、若いパシリのようなマンジャーがいます。この男を抱き込んで、毎晩、アリの一挙手一投足を電話で流してもらいましょう」
「写真はどうする？」
「カメラを渡しましょう」
「お～そこまでやるか」
　Sデスクは嬉しそうにうなった。
　パシリ・マネジャー。アリがシンガポール・シェラトンに泊まった時、そこのフロア・マネジャーを務めていた。アリに気に入られて、ミュンヘンの試合時に軍団の一員になっていた。
　1076年6月中旬、アリ軍団が来日した。
　私はKホテルでパシリ・マネジャーと会って、ミュンヘンでの約束通り食事に連れて行った。銀座のすきやき屋。そこでSデスクと合流。松阪牛をつつきながら、こちらのリクエスト内容を説明した。パシリは面白がっていたので、お礼の意味も込めて”お土産”を渡した。モータードライブ付きのNIKKON。「これで部屋の中のアリを撮ってくれませんか？　フィルムを渡しますから、撮ったらこちらへ」
　NIKKONのプロ仕様。当時、30万円はしたのではないだろうか。後日、練習の合間にアリを川崎のNIKKON本社に連れて行ったりしたので、私の知らないところで、バーターがあったのかもしれない。
　パシリはよく働いてくれた。アリの一挙手一投足を電話で。その後、フィルムをもらった。”アリ24時同時中継"は連日、Tokyo Sportsの紙面を飾った。巷では「本当にどっちが勝つんだろう？」「マジの試合なんだろう？」と盛り上がりを見せていた。
　軍団の中には、体格の大きい、目つきの鋭い男も少なくなかった。ガードマン役にシカゴ警察の現職もいるとの情報もあった。アリ一行が成田に着いて、税関通過に時間がかかっている、と思っていたら、現職警官が拳銃を携行していたので、その対応だとの話もあった。　
　私の”仕事場”はアリ軍団の専用フロアの下の階にあったので、エレベーターではいかつい男たちと一緒になることが多かった。
　夕食後など、赤ら顔で近寄って来ては、
「どこか、面白い処へ連れて行ってくれ」などと。
　アリは毎朝決まって4時過ぎにはロビーへ降りて来た。そしてロードワークへ出た。途中でストレッチ、シャドウ……2時間ほどでKホテルへ戻って来た。2階のコーヒーショップで休憩。10種類ぐらいのサプリメントを摂っていた。水、紅茶……「これが朝食だ」と白い歯を見せたものだ。
　グレーテストの日常の姿は真面目で、質素なものだった。
1976年6月26日、日本武道館。モハメド・アリとアントニオ・猪木は15ラウンド戦ってドローだった。リング下にはマフィアが銃を持って、猪木の暴走を抑えようとしていた、などの話もあった。Kホテルでは新日本プロレス、テレビ朝日、アリ陣営で連夜、ルール会議が行われてもいた。どうやら、プロレス側には非常に不利な条件を飲まざるを得なかったような気がする。試合後、リングに寝てキック、相手を誘い込む戦法に終始した猪木は酷評されたが、あれが精一杯だったのではないだろうか。

「