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小室圭さんとビストロ

#みんなの文藝春秋

ビストロファミーユ

私は小室圭さんを実際に見たことがある。

偶然にもおなじ大倉山に私はもう25年以上住んでいて、駅前のスーパーのマルエツの前に店主がひとりでやっている小さなレストランがあった。2013年ぐらいに閉店してその店主は厚木のほうに引っ越した話を聞いた。

私がそのレストランに食事に行きだしたのは2001年ぐらいからで在宅で仕事をするようになってマルエツに買い物にいくと少しは気になっていた。それで入ってみると手頃な値段のランチタイムメニューは店主の創作フレンチでおいしかった!何度か行きだすと地元のファンが多くてカウンター席もテーブル席もだいたいは満席だった。大倉山に住む人たちがほとんどでマルエツのレジ打ちスタッフもよくきていた。だから私は10年ぐらいしかその店を知らないけど地元の住人はもっと長く知っていて、カウンター席で隣になった常連客には近所に住む写真屋さんや本屋さんなど店主とプライベートでも仲のいい人たちもたくさんいた。

いつも私はひとりでそのレストランにいくので店主は話しかけてくれる。それでいろいろ話していると横繋がりがあっていつもおどろかされた。私が大倉山にきた当時は1998年で小室圭さんはたぶんまだ小学生ぐらいではないかと思う。だからあれは2010年ぐらいかもしれないけどたしかにその店にはムードがあわない若い男性がいたことがあった。その店主はその店を40年近くやっていたんじゃないかな?雑誌にもたまに載ったらしく記事がお店に置いてあった。私が常連で通いだしたのは2001年ぐらいからで忙しいランチタイムだけパート主婦のお手伝いにきている人が2人いた。私が埼玉で殺された霜見さんというファンドマネージャーのご主人のいる奥様がよく来てくださった会社を辞めてしばらくした時だった。

ほとんど毎日のようにランチに通っていたのは2001年からだけどそのパート主婦のふたりはいつも交代かふたりいる時もあったけどだからその店に若い男性が現れた時はとてもヘンな感じだった。その店は家族連れ以外はあまり若い客はその時はそれほどいなかったと思う。お店のふいんきが店主の創作フレンチのこだわりで常連客しか寄せつけないような地元ムードがどうしてもあった。

私は夜はあまり行かなかったから小室圭さんがきていた時にはあまりあたらなかったかもしれない。その頃にはなぜかそのずっといたふたりのパート主婦の人達ももうこなくなっていた。そのふたりのパート主婦がいなくなるぐらいからヘンなトロいオバサンがきていたけど店主がよくイラついていたのとどうも店のムードが変わりだした。それでも昔からの常連客はまだきていた。

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日吉ルミ子さんと店主と常連客

今田美奈子さんの本をよく読みだして料理本コーナーも本屋でよくみるようになると繊細なシュガーアートの本が目について買ったけどこれがもしかしたら?

大倉山記念館でその辺りを散歩している時に偶然日吉ルミ子さんの個展がやっていた!

小柄でトレードマークのメガネをかけてレースの服を着た女性が日吉ルミ子さんだとすぐわかった。声をかけると名刺をくださったので川奈までいくと大倉山での個展は実は執筆された本の作品の写真を撮ってくれたカメラマンがファミーユの常連客の写真屋で

私は2004年だったと思うけど花屋でいた日々にあのレストランでそのカメラマンと隣どうしになって店主とともに話が盛り上がった。

「日吉さんの教室に行ってるんだよ」店主が私をカメラマンにそのように紹介してくれた。そのカメラマンはご自分の撮った写真のポストカードを初めて会ったその日に私にくれたのでもし会うことがあればまたファミーユと日吉ルミ子さんの話ができる。

日吉ルミ子さんの出版された本の巻末には政治家と仲良く写っている写真が載っている。

「日吉さんはお菓子のようなかわいい人」

政治家はそのようにコメントしていた。

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シュガーアートアーティスト

私が日吉ルミ子さんの本を見つけたのは偶然でそして日吉さんは今田美奈子さんのお弟子さんで私はよく日吉さんから今田美奈子さんの話を聞いた。

だけど私が日吉さんの教室に行った時すごく上手いシュガーアートを作るのだけど日吉さんが困るような若い女性がいた。どうもその女性は水道配管工事の仕事をしている男と同棲していてその話ばかりをひとりでベラベラ話していたのが今田美奈子さんの系列の人がくる場所には少し異様だった。だけど私はどうもその女性から嫌われた。私が裕福そうにみえたらしい、いや、たしかにその時は裕福だったけど嫌われる理由がホントわからない。

その女性と知り合ったいきさつも実は私は日吉さんから聞いた。その他の話しも。その時なぜか「赤毛のアン」の話しが出て日吉さんいわくそういう話しができないのは難しいみたいなことを言っていた。

また大倉山とファミーユと小室圭さんと日吉ルミ子さんの本と政治家とつながると興味深いと思う。カメラマンもいい。

私はもしかしたら、もしかしたらだけど宮内庁は眞子様が本心はべつにあるのかもしれないと思った。皇室に生まれ落ちるのは特別な運命かもしれないとしても。/ビストロファミーユのかにピラフのオムライスこれは店主の創作でレギュラーメニューのひとつだった。レシピを教えてくれたのでよく作る。

当時の男の横浜市長はこの店主のシーフードカレーがお気に入りでその話しを私にしてくれた。別名カレー市長だったと。

「6ペンスの歌を唄おう。パイをあけたら歌いだす。」

さんどりあん

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