単調なマズルカ

私には、この先、綺麗なものをただ綺麗だと眺めることさえできないだろうという確信があった。
それは綺麗なものが好きじゃ無いとか、自分の精神が汚れているからだとか、そういった類のものでもなく、くるみ割り人形のようなことだ。くるみ割り人形がくるみ割り人形であることに、疑問の余地はないだろう。実はこれは野望のイデアであり、長い髭は後に帝国を築く布石であるだとか、そんなことは誰も考えず、玩具としてただそこにある。ただそこにあるというのは不可思議なもので、我々の認識を越えようとする訳でもないのに、ただ平静と存在するだけで、それと認められることができる。即ち自分にとって、美しい物とはそれと同じだった。ただそこに座っている。小石もダイヤも薔薇もメロンの皮も、同じように見えていた。いや、見えてしまっていたという言い方の方が、共感を得られるだろうか。
かろうじて残る絶望は、哀れな自分の祈りに消費され、もはや確信だけが"ただそこにあった"。

イルミネーションを下らないという男とイルミネーションを見に行った。下らないと言う割には、楽しみで仕方ないと言う様子でこちらをちらちらと覗きながら、やたら長いコートにその手を何度も擦り付けていた。
彼は周りにいる男女を大袈裟に見回しながらいつもより大きい声でこれはただの発光ダイオードだなどといった。すげえ数、どれだけ電気代かかるんだろう。いやマジで。私はその横で、否定もせず肯定もせず、モミの木で爛々と光るそれを見つめ続けていた。私でもわかった。そういうのじゃないだろ。しかし、恐らくこの男は、その周りにあるすべての物事を、自分を立たせるために使わないと、そうでないと立っていられないのだ。こういう人間は、わりとよく見るように思う。何かを言う時、必ず視線はわざとらしく動き回り、最後には期待を寄せて相手にちらりと目線をやる。良いとも悪いともわからないが、単につまらない男だと思った。
帰り際、男と別れたあと、連絡先を削除することすら億劫になっていたことに気付いた。携帯を介して大なり小なりの感情を集めている事実に背中が丸まった。少し身震いして、早く傷つけますようにと願った。誰かに殻を割ってもらうことを待っているヒナが、私にもどこかにいるはずなのだ。