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第1章 マルクス人物伝(1)

マルクスが何をした人かは知らなくても名前だけは知っている,という人は多いと思います.また,彼の特徴的な髭むくじゃらな顔の肖像写真は,一度はどこかで目にしたことがあるでしょう.マルクスは哲学者,経済学者,社会主義運動家,共産主義者,さらには革命家といった様々な呼ばれ方をしています.また『人新世の資本論』で有名なマルクス研究者,斎藤幸平氏によれば,晩年のマルクスは環境問題に対して非常に勢力的に研究を行っていた,という評価もなされています.

このような多彩な顔を持つマルクスですがこれらの経歴は単に「彼が多才だったので様々な方面で活躍した」というものではありません.この経歴の背後には彼の一貫した思いがあります.

マルクスは当時急速に発展していた資本主義社会に疑念を抱き,世の中をより人間的で自由かつ平等な社会に変革したいという思いを持っていました.この考えを実践するために,哲学からジャーナリズム,社会主義活動,経済学研究へと幅広い分野を渡り歩いたのでした.そして,資本主義社会が生み出す問題の本質を,経済学を使って理論的に解明しようとしたのです.その過程で生まれたのが『資本論』です.

資本論というタイトルを見る限り,資本家のために描かれた本と思うかもしれませんが,内容的にはその逆です(なお,正式な書名は「資本論 経済学批判」です).資本主義の仕組みを分析することにより,貧困や失業問題,労働者の過剰労働などの問題が生じる原因を解明しており,一貫して資本主義を批判する内容となっています.

マルクスが生きた時代の背景に触れておくと,18世紀末から19世紀初頭にかけて,ヨーロッパは前近代的な君主制や封建制社会から民主制へと移り変わる時期で,社会情勢は非常に不安定でした.政治的なせめぎ合いがヨーロッパ各地で繰り広げられ,暴力革命も多発していました.日本で言えば明治維新,江戸幕府による封建制が終わり,民主主義が導入されて新たな時代の幕が開いた,そんな時期にあたります.

また,同じ18世紀後半から19世紀前半にかけて産業革命がヨーロッパで進行し,農業中心の社会から近代工業社会へと移行が進んだ時期でもあります.産業革命はまずイギリスが先行し,その後,フランスやアメリカ,ドイツへと広がっていきました.

この大規模な社会形態の移行に伴って,ヨーロッパでは様々な問題が噴出していました.特に資本主義経済の立ち上がりとともに,資本家に雇用されて生活する労働者階級が誕生し,資本家との階級闘争へと発展していきました.当時は労働者を守るための法律も十分に整備されておらず,労働者は劣悪な環境での長時間労働が強いられる,といったことが社会問題となっていました.資本家が労働者を酷使して私腹を肥やす一方,労働者はいくら働いても貧困から抜け出せないという状況が続きました.

この時代を一言でいうならば,何百年と続いていきた農耕社会から工業社会へ,また封建制社会から資本主義社会へと移行した,歴史的変革期といえます.

さて,話をマルクスの生涯に戻しましょう.彼は1818年にプロイセン(現ドイツ)のトリーアで生まれました.当時のプロイセンはイギリスやフランスに比べると工業化が遅れており,いまだに封建的な政治が行われていました.

文学好きだった彼は詩作や小説執筆に熱中して青年時代を過ごしました.大学は最初の1年間をボン大学で過ごし,その後ベルリン大学に転籍します.父親が弁護士だった影響で当初は法学を専攻していましたが,法学の勉学にはあまり熱心に取り組みませんでした.


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