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道具としてのOOUI

私はオブジェクト指向ユーザーインターフェイスがなぜ使いやすいのかを説明できない。これまでいくつもの情報システムをオブジェクト指向にUIデザインしてきたし、そのたびにつぎのようなメリットを説明してきた。

  • ユーザーがオブジェクトを選んでからアクションを決めることができ、モードレスに操作ができる。

  • ユーザーが操作する手順が減り、作業の効率が上がる。

  • オブジェクト一覧が操作の中心になるので、画面数を少なくできる。

しかし、本当にこれだけだろうか。私はデザインをするなかで、もうすこし違ったものを直観してきた。そこで、今回は認知心理学の視点からオブジェクト指向UIについてまなざしたいと思う。

iPhoneのスクリーンショット。写真アプリ、連絡先アプリ、通販サイト。
オブジェクト指向UIのデザイン

道具の使い方は体で憶える

オブジェクト指向UIや情報システムの話に入る前に、まずはもっと身近な道具を使うときのことを考えてみよう。ちなみに道具とは、なにかを行うときに使う自分の体以外のもののことをいう。

普段、私たちが自転車をこいだりキーボードを打つときには、頭で考えずに体が勝手に動いている。
こういった、体が憶えている記憶を手続き記憶という。手続き記憶は、運動技能、知覚技能、認知技能の三種類に分けられる。たとえば、自転車をこいだり楽器を演奏したりすることは運動技能、字を読むことは知覚技能、計算をしたりハノイの塔のような課題を解いたりすることは認知技能にあたる。

私たちは、新しい道具を使うときには何度も練習を繰り返して使い方を憶える。このとき、私たちの脳内では、道具や自分の身体の動きを含めた外部の世界を脳内でシミュレーションする内部モデルを獲得している。

順モデルと逆モデルの概念と内部モデルの図
内部モデル

内部モデルとは、ある動きをするときに「脳から身体に送られた運動の命令から、運動の結果を予測すること(順モデル)」と、「行いたい運動の結果から、それを実現する命令を計算すること(逆モデル)」の対応関係のことである。新しい道具を使うとき、はじめのうちはぎこちなくとも、順モデルに対する感覚フィードバックと、逆モデルによる誤差修正によって徐々になめらかに使いこなせるようになっていく。

海馬と大脳皮質、小脳と大脳基底核の図
記憶に関わる脳の部位

特に手続き記憶が学習されるときには、小脳と大脳基底核を中心に複数の皮質領域が関わっている。また、体で憶える手続き記憶ではなく、過去の思い出や知識といった頭で憶える宣言記憶には海馬や大脳皮質が関わっている。

たとえば、英単語や英語の文法を知識として知っていることは宣言記憶で、英語を読めたり話せたりすることは手続き記憶である。

UIを道具として考える

UIとは、使い手が道具を使うときに触れる部分のことをいう。
しかし、たんに使うときに手で触るところのことではなく、たとえば、はさみならば、はさみの柄も刃も、見た目も構造も、ものが切れる感触もUIといえる。つまり、UIは道具と使い手をつなぐすべてであり、私たちはUIによってそれでなにができるのかを知る。

このように、はさみのようなシンプルな道具から工業製品や情報システムにまでUIはある。
しかし、とりわけ情報システムにおいては、ユーザーから構造がまるで見えないため、情報システムのUIは、情報システムという道具を使うためのUIであると同時に、UIそのものも情報システムを使うための道具といえる。

そこで、あらためてUIを道具として見ると、iPhoneの画面全体を上にスワイプしてホームに戻ったり、左端にある矢印マークを押して前に戻ったり、いくつかの写真を選択して削除したりするときは、私たちは頭でやり方を考える前に手が動いている。
つまり、オブジェクトを直接的に操作するUIは体で憶えるものだといえるのではないだろうか。

OOUIは体で憶える

ところで、道具の学習によって獲得した内部モデルは長期記憶になり、運動は自動化される。たとえば知覚技能である読字については、字を読んだり書いたりできるようになれば、字が目に入ればなにも考えずに読めるし、自分で作文することもできるようになる。

したがって、オブジェクトを選んでアクションを行うという内部モデルを獲得することで、オブジェクト指向UIの使い手はなめらかに情報システムを使いこなせるようになる。

さて、オブジェクト指向UIは学習できるUIである一方で、タスク指向UIはどうだろうか。
というのも、タスク指向UIでは画面に書かれている内容を理解して操作を進めていく必要がある。記憶を頼る場合にも、前に操作をしたときにどのような手順で操作したかという体験(エピソード記憶)や、頭で憶えたマニュアル(意味記憶)を使っていると考えられる。

ここにオブジェクト指向UIとタスク指向UIの、道具としての違いがあるように思う。いいかえると、オブジェクト指向UIを使うことは、私たちが歩いたり話したり自転車をこいだりすることと同じなのかもしれない。

タスク指向UIの自転車運転アプリと、自転車の絵
UIは道具を使うための道具

残された謎

オブジェクト指向UIと認知心理学を組み合わせて考えることで、新しい見え方ができてきた。しかし、つぎのようなことがまだ明らかではない。

  • オブジェクト指向UIは本当に心理学的に道具といえるか。

  • オブジェクト指向UIの操作は本当に手続き記憶といえるか。

  • タスク指向UIでは本当に内部モデルを形成しないか。

これらについては今後の課題としていきたい。

参考文献


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